歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。
今年も歌舞伎をとても楽しく観劇できた一年でした。来年は、中堅の役者さんが今まで演じたことのない大きい役を演じたり、若手で一般的にも認知される方が出てきたりしたらいいなと期待しています。
今年の歌舞伎の見納めとなる「十二月大歌舞伎」からは、第三部を取り上げたいと思います。
歌舞伎というと、何代にも渡り、芸の伝承を行っていますが、最初の演目「一、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)」は、中村勘九郎さんのおじい様の十七世 中村勘三郎さんが、昭和39年5月に息子の十八世 中村勘三郎さんと初めて演じられて、今回が5回目という変化舞踊です。(変化舞踊とは、一人の役者さんが場面ごとに扮装を変え、何役も演じ分ける舞踊のことです)
春、秋、冬の季節を表現しているこの舞踊。上の巻では、桜の精を。中の巻では次男の中村長三郎さんと松虫の親子を。下の巻では、雪達磨を、中村勘九郎さんが演じ分けます。
上の巻では、娘の衣装を着て華やかに踊ります。下の巻では、雪達磨に扮装して、町娘に恋をして、滑稽な感じで踊りますが、最後は朝日が昇って溶けてしまいます。華やかさを感じさせる踊りから、滑稽で面白く思わせる踊りもできるのは、中村勘九郎さんならではと思いました。
そういえば、以前、「京鹿子娘五人道成寺」に、坂東玉三郎さん以外の4人が、中村七之助さん、中村梅枝さん(現:中村時蔵さん)、中村児太郎さんと女形を専門にやられている方なのに、一人立役をやることの多い中村勘九郎さんが入っていたのを思い出しました。
お父様の十八世 中村勘三郎さんも立役も女形も両方演じられていましたが、その力が勘九郎さんにも継承されていると感じ入りました。
続いて「二、天守物語」。坂東玉三郎さんが、昭和52年に初めて富姫を演じています。純愛のお相手となる図書之助役で有名なのは、近年では、市川團十郎さんでしょうか?
今回は、若手ホープの市川團子さんが演じられます。また、昨年12月には、坂東玉三郎さんのはまり役ともいえるこの天守物語の富姫役を中村七之助さんが、坂東玉三郎さんが富姫の妹の亀姫を演じています。年齢が離れていても、恋人同士にも、姉妹が実年齢と逆になったりもする。同じ演目でも、役を入れ替わったり、いろいろな組み合わせでお芝居が成立するのが歌舞伎の醍醐味ですね。
白鷺城の天守閣の最上階に住み着いている富姫は、異界の者です。妹の亀姫も何百里と離れたところから、風に乗って、あっという間に移動してきます。また、土産と言って、生首を持ってきたりと、異界というかおどろおどろしく感じる場面が続きます。
図書之助の登場からは、二人の物語、異界の者と律儀な若い武士との純愛のお話になります。主君の命に従い、天守閣の最上階に訪れてきた図書之助とのやり取りの中で、地上の世界の人間の不条理を説くあたりは見ものです。ただ不条理を説くだけでなく、図書之助を返したくないという気持ちが背景にあることがわかり、思わずセリフに聞き入ってしまいましたし、他の観客の方も自分と同じなのか、芝居に引き込まれてしまっていることからくる静寂な時間が多く続きました。これが坂東玉三郎だと自分勝手に感動しておりました。
最後には、地上から武士たちがくると、獅子頭が動き出し、立ち回りがあり、ファンタジーの世界に入ります。獅子頭の目を突かれると、富姫も図書之助も視力を失ってしまいますが、獅子頭を彫り上げた名工が急に現れ、目を掘りなおすと視力を取り戻すということで終わりになります。
異界の住人が、地上の若者に心を寄せ、思うがゆえに、返したくないけど帰れといったり、いろいろな感情やその変化を、基本的には派手な動きなどなく、セリフの言い方、表情の作り方のみで表現し、観客を芝居の世界に引き込みます。舞台上の物語以外のことが頭の中から消えたかのようにさせてしまう坂東玉三郎さんの演技に改めて感動しました。
帰り際、歌舞伎稲荷神社に「今年も楽しく歌舞伎を観られました。ありがとうございます」と感謝の意を込めて、手を合わせてから帰途につきました。