誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。
今回アンフォゲ飯を語っていただいたのは、一級建築士の田中ナオミさん。著書「60歳からの暮らしがラクになる住まいの作り方」にもたくさん登場する素敵なご自宅兼アトリエで忘れられない味についてお話いただきました。
-- 取材のお願いをした時に、「食いしん坊な企画で私にぴったり。」と返信いただいて嬉しかったのですが、田中さんの忘れられない味といえばなんですか?
田中 真っ先に浮かんだのはたこ焼きです。私は大阪生まれ、徳島育ちなのですが、徳島で暮らしていた高校生の頃によく通っていたたこ焼き屋さんを思い出しました。
今はもうないそのたこ焼き屋。20年前くらいまではあったと記憶しています。大学進学を機に東京に出てからも、徳島に帰ると必ず通っていました。
お店の名は「みかさや」、仲良しの友だちが教えてくれたのがきっかけでした。
-- 学校帰りに通った青春の味、なのでしょうか。どんなお店だったのか教えてください。
田中 住宅街の中にひょこっとある居酒屋の居抜きのような店舗でした。ちょっと薄暗めで、屋台ではなく店舗です。カウンターの中にいる店主は、当時30代半ばくらいだったのかな。女性が一緒で、その人は奥さんなのかわからなかった。友だちとは「なんかあの二人はワケありだよね」という話で盛り上がっていたんです。その佇まいも含めての忘れられない味、なんです。
-- 具体的な味、気になります。
田中 めちゃくちゃ美味しいんです。たこ焼きなんて所詮たこ焼きだろうと思うかもしれないけど、違うんですよ。きっとタマゴが多く使われていたのだと思いますが黄色くて、外はカリっと中はとろーっとしてました。たしか舟皿に入っていたと思います。おかか、青のりのシンプルなトッピング。あのたこ焼きを知ってしまったら、そんじょそこらのたこ焼きは食べられない。そもそも友だちは、その店舗に移ってくる前から「みかさや」のたこ焼きの美味しさを知っていて、移転先を突き止めてまで通いたくなる美味しさだったんです。
高校生の私たちにとっては、ワケあり感もあるあの感じがすごく面白かった。
-- 妄想が膨らみます。ワケあり感、深掘りしていいですか?
田中 お店の人の顔もよく覚えてます。たまに1~2個おまけしてくれたりすることはあっても、常連と話しこんだりするような気さくさはなく、ワケあり女性のほうはいつも薄く笑っているくらいの感じ。暑いからうっすら汗をかいていて、色白でぽっちゃりしていてなにか色気みたいなものを感じたの。そういうなんか気になる……みたいなのも込みで通ってたんですよね。
お店の中の雰囲気も結構鮮明に憶えています。額の中にお金が反対向きに飾ってあったので、店主に「なんでお金が反対向きなんですか?」と訊いたら、「お金がカエル」ようにということだったらしい。
-- お友だちとはたこ焼きの味を楽しむとともに、お店や店主たちの雰囲気についてヒソヒソ話をしたりしたんですか?
田中 しましたねー。かけ落ちしてここに流れついてきたんじゃなかろうかとか、いろいろ妄想しました。二人はすごく仲良しという感じでもなく、かといって喧嘩したりもしていないし、そもそも会話がそんなにないんですよ。移転してきたことも含め確実な感じがなくて、どこか危うい雰囲気が漂っていた。
店舗や店主たちの美意識というかファッション感みたいなものは、私や私の周りにあるものとは全く関係ない世界、でもとにかくそこのたこ焼きが美味しかった。その一点は間違いなかった。あの頃は自転車で通える距離が私の行動範囲でした。その中に「みかさや」もしっかり入っていて、高校生の頃の世界はあそこだったんだなあと懐かしく感じます。
-- 店舗の中でも食べれるけれど、テイクアウトも出来たのでしょうか?
田中 テイクアウトもしましたよ。私が買って帰って「おいしい、おいしい」と食べたことがあったのでしょうね、イギリス人の母親も私が「みかさや」のたこ焼きが好きなことを知っていました。だから高校から帰ってくるときにお腹がすいているだろうと、よくたこ焼きをテイクアウトしてくれていました。当時はまだ電子レンジが家になかった時代。ホカホカじゃないとかわいそうだろうからと、タオルで包んでテーブルに置いてくれていて。あの光景、思い出してキューンとなります。当時は当たり前みたいに食べていたけど、わざわざ母親がそう思って買って帰ってくれていたんだよなと思うと「みかさや」の味がもう……。
-- お母様の思いも詰まったキューン感、それはもうただのたこ焼きではないですね。
田中 上京してからも、大好きな徳島に帰る度にお店にはよく寄っていました。だから夫も知ってます。このアンフォゲ飯の取材があるという話をしたら「やっぱりアレじゃない?」と言ってましたから。
「東京から帰った時には必ず来てます」アピールをしたけど、「いつもありがとう」と言ってはくれるものの、「久しぶり~、よく来たねー!! 」みたいな気さくさはやっぱりなかった。最終的にある時、スパッとお店はなくなってしまったので謎が謎を呼び、謎なまま……
-- 徳島育ちの田中さんは、ご自宅でたこ焼きを作ることもあるのでしょうか?
田中 徳島の食文化は大阪とつながっています。家にたこ焼き器はありますし、作ることもありますよ。でもあの味にはならない。何が違うんでしょうね。
-- 「みかさや」のたこ焼きの味を教えてくれた高校時代のご友人とは今も交流がありますか?
田中 あるある! 彼女のお家も設計しました。今、徳島に帰ったらほとんど彼女の家に入り浸っています(笑)。彼女はとても料理上手でもてなし上手。飲み食いすることのテンポが合うので、近くに住まない方がいいよねというほど。年に3回くらいでちょうどいいよねと二人でよく話しています。
-- SNSでは田中さんが旅先で見たもの、食べたもののお写真や記録も拝見しています。最近だとベトナムに行かれてましたよね。長期間だったのでしょうか?
田中 たった3日か4日です。1日で見たものがたくさんあったので、少しずつ記録に残しています。SNSには衣食住、私が見て感じたこと、考えたことを書いていて、そのアンテナに誰が入ってきてくれるかなという、ある意味仕事のツールとしても活用しています。
私に住宅設計を依頼してくださる人は、SNSや著書、事例から私の考え方や暮らし方に共感してくれる方たちですし、そういう方とこれからもつながっていければいいなと思っています。
実は私の周りにも田中さんのSNSのフォロワーがいて、田中さんの考え方、大切にしていることに共感しているそうです! 情景がよみがえるような忘れられない味のお話ありがとうございました。外はカリッ、中はとろ~っのたこ焼、とっても食べたくなりました。
イラスト/Miho Nagai
60歳からの暮らしがラクになる住まいの作り方
がんばらないでムダをなくす「片づく」家事と収納の知恵袋
発売日:2024年12月06日
定価:1,600円+税
判型:四六判
頁数:192ページ
発行:主婦と生活社

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