アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。
ランチのアッコちゃん / 柚木麻子
派遣社員の三智子は、ある日落ち込んでいた。持ってきたお弁当を食べられないほどに食欲がなく、とにかく落ち込んでいた。そんな時に、バリバリのキャリアウーマンである部長に、「食べられないんだったらちょうだい!」とばかりにお弁当を引き取ってもらったことがきっかけで、しばらく、ランチのとりかえっこをすることになる。三智子は部長のためにお弁当を作る。かわりに、行く店の指示と、お金を部長から受け取るのだ。
しかもその指示だって、どこどこの店に行って、という簡単な物じゃない。ランニングウェアを着てジョギングして行くように。そしてどこそこのスムージーのお店で食事をして帰りは地下鉄で帰れば間に合います、とか。会社の屋上に行きなさい。待っていれば届くようにしてあるから、なんていうサプライズ的なものまで。
三智子だってお弁当を作る。「いつも作ってくるお弁当でいいんだからね」と言われたって、上司に作るとなるとそういうわけにもいかないだろう。容易に想像がつく。いつもより気張ったり、豪華にしちゃったりしてしまう。そんな三智子に、「そんな張り切る必要はない」とぴしゃりという部長。ちょっとアネゴ的。お弁当を作らなくてはいけない、というプレッシャーと、明日はどこへランチに行かされるんだろう、という不安や緊張で、いつしか三智子は落ち込んでいたことを忘れる。むしろ楽しみ出す。
そのランチコースをめぐることには、身体の栄養を摂ることはもちろん、心の栄養を摂ることも含まれていて、さらに仕事のヒントになることもあったりして、頭の栄養も摂れてしまう。
楽しそう・・・ものすごく楽しそう。こんなことやってみたい。
きっとこの部長は、何もかもうまくいかなくてしょぼくれてしまっている部下を叱咤激励する思いも込めて、このランチ交換を持ち掛けたのだろう。ちゃんと部下を見ている。素敵な上司。こんな上司が欲しいなあ……と、年齢だけはもうバッチリ上司の方に近い私も思ってしまう。部下だっていなけどもさ……
でもこの小説を読むと、なんだか元気が出る。バリバリ仕事をしたくなる。小さくてもいいから自分で会社や事業を立ち上げたくなる。
通勤して会社に勤めている人たちにとって、お仕事の日の最大の楽しみは、ランチだ。
と私は思っている。
今日は気乗りのしない会議がある日。でも、ランチに大好きなパン屋さんのサンドイッチを買ってきたんだった。それを楽しみに乗り切ろう、とか。
雨なのに、外回りしなくてはならない日、でも、今日の外出先にはお気に入りのラーメン屋さんがある!とか。
今日はお昼に友人が訪ねて来てくれるから、久しぶりにイタリアンで長めのランチをとろう♪とか。日常の中の小さな楽しみで、とても大切な時間。栄養。
せめて自分で自分を労わってあげよう。
この作品はシリーズで、他にも、「3時のアッコちゃん」「幹事のアッコちゃん」ってあって、全部に統一しているのは、なんだか、叱咤激励される感じ。元気が出ちゃう物語です。