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いつか陽のあたる場所で / 乃南アサ

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アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。

いつか陽のあたる場所で / 乃南アサ

芭子29歳
綾香41歳
ちょっと年の離れた二人は、友達。

下町の谷中の古い一軒家で1人暮らしの芭子の家には、やっぱり1人暮らしで近くのアパートに住んでいる綾香がしょっちゅう、夕食を一緒に、と遊びにやってくる。しっかりしているように見えて、ちょっと危ういところのある芭子と、少女のようだけれど頼りになる綾香はいいコンビ。お互いに助け合って下町で生きている。

実はこの2人、出会った場所が意外な場所。……刑務所なのである。

東京の裕福な家に育った芭子は、22歳の時、ホストにハマリ、お金がもっともっと必要になり、伝言ダイヤルなどで男の人をひっかけてホテルに連れて行って、薬を盛って眠らせ、お金を盗む、という、いわゆる昏睡強盗罪で7年。綾香の方は、夫の暴力に耐えられず、わが子を守るため、酒を飲んで眠っている夫の首を絞めて殺してしまい、5年。

懲役を終えた2人は下町谷中でご近所さんとして暮らし始めた。芭子はマッサージ治療院で、綾香はパン屋さんで働きながら、新たな人生を歩み始めるのだ。

“ムショ”での思い出話を大きい声で外で話してしまう綾香。それを「どこで誰が聞いてるかわからないんだから!」とたしなめる芭子。ガハハと笑う綾香。いいコンビである。2人の出所後の生活がコミカルにカラリと書かれている。しかし、ともすれば襲ってくる、暗い、深い闇。

芭子は、弟と両親に絶縁されてしまうのだ。家族に犯罪者がいることを許さなかった芭子の家族。彼女はそれをイヤだ、と言うことも出来ず、受け入れるしかない。唯一残されたのは、祖母が住んでいた下町谷中の古い一軒家。もう、ここで生きていくしかない芭子が、自分の過去をひた隠しにするのはわかる気がする。

いつも明るい綾香には、子供がいる。しかし、もちろん会うことは許されない。懲役を終えた、罪を償ったとは言え、子供にとっては父親を殺した人。たとえそれが、自分を守るためだったとしても。

こんな二人が人生の再出発に下町を選んだのは、個人的には良いような気がする。ご用があるようでしたら、チャイムを鳴らしてくださいね、と言っているのに、「お茄子が美味しく炊けたから」と、ドアを勝手に開けて入ってこようとする、はす向かいのおばあちゃん。もちろん悪気はない。女の子の1人暮らしが心配で、ちゃんと食べてるかしら?物騒だから大丈夫かしら?と、自分の娘のように心配してくれる。こういうのはうっとおしいとは思うけれど、ちょっと懐かしい。私も昔、下町の一軒家で家族と暮らしていた時に、味わったことのある感覚だ。雨が降れば、洗濯物が干しっぱなしのお家に、「〇〇さ~ん、雨だよ~!」と外から怒鳴る。留守のようだったら、勝手に家に入って、洗濯物を取り込んであげる。あまり玄関に鍵はかけていなかったのだ。我が家も良く、おとなりのおばあさんに洗濯物を取り込んでもらったものだ。今は、こういうのないんだろうな・・・でも割と、いいものだったな。

傷つき、人間不信気味のこの2人には、こういう下町のあたたかな干渉は、リハビリになるのではないかなぁ、と思った。

懲役をきちんと勤め上げたのだから、もう同じ過ちをしない、と新たな人生を歩み始めている人を、色眼鏡で見るなんて!と思う。自分はそんなことは思わないと思っていた……

つい先日のこと。会社で、痴漢で捕まってしまった案件が入ってきた。「やってない、手がぶつかっただけなんです」という。ウン、痴漢の冤罪、あるよね、それはちゃんと疑いを晴らしてあげたい、晴らさなきゃ、と思った私。でも、この人の名前に聞き覚えがある。もしや、と会社のデータベースを調べたら……数年前、当社で担当した人だ。しかも、その時も痴漢。(その時はホントにやったんだけど)

その事実が分かった時、私の頭に浮かんだコトバ、「え、じゃあ、今回も、やったんじゃないの……?」に、愕然とした。

「色眼鏡で見てる……私……」

罪を犯した人は、またやる。確かにそういうこともあるだろうけど、そうとは限らない。なのに、なのに、私ったら……こういう考えが、若者の再生を阻むのかも。

この2人の物語、この後、続編『すれ違う背中を』に続き、『いちばん長い夜に』で完結します。

文・こばやしいちこ
小さな頃から本が好き
映画が好き
美味しいものが好き
おせっかいに人に勧めたがり
愛犬・さくら(黒のトイプードル)を溺愛しながら、
毎日なにかしら本を読んでいます。

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