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ひきなみ / 千早 茜

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アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中かにおら、読者すすめの一冊をご紹介します。

ひきなみ / 千早 茜

葉(よう)が真以(まい)に出会ったのは小6の時。両親と離れて、母の生まれ育った島で祖父母と暮らさなければならなくなった時だ。
東京から電車で、そして電車の駅からさらに高速船に乗って行く祖父母の家。船の揺れでしりもちをついた葉に、さっと手を差し出してくれたのが真以だった。ダボダボの洋服を着て、きりっとした女の子。同じ年くらい。もしかして友達になれるかも……と思ったのも束の間、あっという間に姿を消してしまった。そっけない子だった。

葉がイヤイヤ、祖父母の住む島に来なくてはならなかったのは、精神的に不安定な父と、その父を、もしかしたら子供である自分よりも優先してしまっている母のせいだった。最初は三か月だけの約束だった。でもどこかで、その約束は破られるだろうな、とは思っていた。携帯電話を買って持たせてはくれたけれど、ほぼ圏外のこの島で、母はどうやって私と話そうというのだろう……でもお母さんとのつながりが切れるような気がして肌身離さず持っていた。こんなもの、子供だって大人だって、誰も持ってない。悪目立ちして、島の男の子に取り上げられた時、颯爽と現れ、男の子をやっつけて取り返してくれたのは、あの真以だった。

「女にぶたれて泣くな!」と島の男に怒られる少年。そして、真以にも「女のくせに……」と苦々しい目を向けて来る。男と女の間に、目に見えない線がくっきりと引いてあるような島。しかし、そんな線など飛び越えて、おまけにパンチとキックをお見舞いして取り戻してくれたのだ。

真以も、両親ではなく、祖父と暮らしているようだった。事情は分からないけれど、島の人たちからひそひそ何か噂されて浮いている真以と、最初は東京から来た物珍しさから構われたけれどなかなか打ち解けようとしないから浮き始めていた葉は、急速に親しくなっていった。いつも一人だった真以。寂しさなんて感じたことはなかったけれど、家についての噂を知らず、何の先入観もなしにそのままの自分を見てくれる葉と過ごすのに居心地の良さを感じていた。
親しくなっても、ベタベタとするわけではないが、助けが必要な時に必ず静かに助けてくれる彼女。ひとりぼっちの葉は、真以に救われたのだ。

そんなある日、脱獄犯が島に逃亡してきた。人のいない灯台に隠れている彼を「お兄さん」と呼び、葉と真以は、匿うというわけでもなく、こっそりと会いに行って、なにくれとなく世話を焼いた。だがそんな日々も、真以が脱獄犯と共に島を出て、一緒に逃げてしまうことで終わりを迎える。お兄さんと真以は、ほどなく見つかり、真以は保護され、お兄さんは「女児連れ去り犯」となり、マスコミに真以の母親や、祖母のことまで書きたてられた。彼女一家が島で浮いていた事情、女であるが故に、という状況を、他人の口から聞くことになってしまった。自分に何も言わずに島を出た彼女に、捨てられたように感じた葉は、その気持ちのまま東京に戻ったのだ。

20年後、大人になった葉はウェブ上で真以を見つける。いつだって真以のことを忘れたことはなかった。勇気を振り絞って、会いに行くことにした。

女らしく、男らしく、女のくせに、男のくせに、とか、そういう事を言うとハラスメントになるらしい。確かに言われると不愉快だ。母親が若い頃、会社で、
「女なんだから口紅くらいつけて来いよ」
と言われたことがあるらしい。相当アタマに来たみたいで、まだ新鮮に怒っている。今だったらアウトだよね?

小学生の甥っ子が空手を習っていた時、本人はどうやらそういうのが好きじゃなく、型を見せる大会みたいなのに、泣きながら出場していた。男の子は男の子らしく、という親の気持ちに応えるべく頑張っていたけど。現在は、無理強いはすまい、と一応、籍だけは置いてある状態だ。
「男の子だから、もうちょっと強くなって欲しいんだよね……」
という親の気持ちもわからないでもないけれど、この甥っ子と戦いごっこをした時のパンチやキックがすっごく優しくて、私は感動したのよ。チカラ加減を知らない子供のはずなのに。優しい子なのだ。

人間を、男とか、女とかで分けるのではなく、自然に人として見ることが出来るようになったら、本当にいいね。

文と写真・こばやしいちこ

小さな頃から本が好き
映画が好き
美味しいものが好き
おせっかいに人に勧めたがり
愛犬・さくら(黒のトイプードル)を溺愛しながら、
毎日なにかしら本を読んでいます。

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