アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中かにおら、読者すすめの一冊をご紹介します。
本日は、お日柄もよく / 原田マハ
ひっそりと想いを寄せていた幼馴染の結婚式で、こと葉は、素晴らしいスピーチと、「言葉のプロフェッショナル」、久遠久美というスピーチライターに出会った。
失恋してしょんぼりのこと葉がすっかり心酔してしまったスピーチライターの彼女は、この幼馴染の厚志君の秘密の来賓だった。亡くなってしまったが、以前政治家をしていた彼の父君の代表質問なんかも作ったりした、という優秀な女性。あの代表質問を? と、心に残っているほどの素敵なものだったのだ。こんな職業があったことも初めて知ったこと葉。近々、大切な友人の結婚式でスピーチを頼まれていたので、ちょうどいい! コツとか、極意を聞いちゃおう、と久遠久美に近づきたくてたまらなくなった。それだけではない。言葉の持つ魔力にあらためて気づいてしまった。スピーカーに話し方のアドバイスをし、スピーチ原稿作成の手助けもする。どうしたらいかに魅力的なスピーチを作り上げるか試行錯誤する、この職業に魅了されてしまったのだ。
久遠久美に、なんだか素質がある、と判断されたこと葉。スピーチライターという職業に弟子入りすることになった。スピーチ次第で結果が大きく変わる、責任重大な選挙活動に参加することにもなり、中途半端にならないように、今まで勤めていた製菓会社を辞めて、てんやわんやのスピーチライター修行が始まる。
いい具合に、失恋のショックが紛れたこと葉だった。
スピーチの出だしで、「ご紹介にあずかりました、○〇でございます」って言うのは、ついやってしまう悪い癖なんだそうだ。スピーカーが登場する前に司会者が名前も会社名も役職も紹介しているわけだから、わざわざ繰り返す必要はない、と言うことだ。確かに!
それから、話し出すときは、ざわざわとした歓談が収まるまで待ち、「あれ?スピーチしないな?」と客席が、スピーカーに注目しだして、しん、と静まり返ってから話し出すと、みんな聞いてくれるそうだ。なるほど!
この他にも、久遠式スピーチの極意十箇条があり、なかなかに参考になる。
言葉って不思議だ。スピーチのように長いものでなくて、ちょっとした会話でも、人を元気にもし、また、傷つけることも出来る。力がある。影響力がある。
つい最近の出来事。あまり好きじゃないセーターがあった。白と黒の太いボーダーで、遠くからでも目立つ、なかなかにインパクトのあるやつだ。タンスにずっと仕舞っておいてもしょうがないし……、っていうんで、たま~には着ていた。ところが、このセーターを着ていたある日、お店の人に、
「それ、すごく似合いますね」
と言われたのだ。
お世辞だろう。客商売だし。でも、そうは思うけど、その言い方がお世辞っぽくなくて、ニコニコ笑顔で、本当にそう思ってる感じでとても嬉しい気持ちにさせられたのだ。
それ以降、そのセーターは私のワードローブの一軍に昇格した。
また、学生時代、これも洋服の話。仲良しグループの1人が、新しいコートを着てきた。学生にしてはいいブランドの、ベストの形状になっているものだ。誰かが、
「なんか、マタギみたいだね」
と言ったのだ。
悪気はなかったと思う。
4、5人いた友人たちも、「ほんとだ」「うん、マタギっぽい」と口々に言った。確かに言い得て妙だった。本当に、マタギと言われたら、そうとしか見えなくなってしまったのだ。(※マタギとは、古来より山深く分け入ってクマなどの狩猟を生業にしていた人たちのこと)
もちろん、マタギコートの彼女は、気を悪くした。それ以降、我々の前に、このコートを着て来ることは一度もなかった。
こういう事もあるから、言葉には気を付けないとだね……