アトリエM_こばやしいちこによるブックインスピレーションエッセイ。たくさん読んだ本の中から一冊をフィーチャーしながらオリジナルエッセイを届けます。
デューク / 文・江國香織 画・山本容子
デュークが死んだ。
21歳の女の子の大切な大切な愛犬のデュークが死んでしまった。老衰だった。
生まれたばかりの赤ちゃんの頃から一緒に過ごしたデューク。たまご料理と梨とアイスクリームが大好きで、すねた横顔がジェームス・ディーンに似ていた。思い出は無限にある。思い出すたびに涙が止まらなくなる。
それでもアルバイトには出かけないといけない。泣きながら歩き、泣きながら改札を抜けて、泣きながら電車に乗った。車内はいつも通り混んでいた。しゃくりあげる彼女を遠慮会釈なくじろじろ見つめる人たち。そんな時、
「どうぞ」
と、不愛想な声がして、19歳くらいのハンサムな男の子が席を譲ってくれたのだ。
「ありがとう」
と小さな声でお礼を言って、彼女は座席に腰かけた。そして、さりげなく彼女を守るように目の前に立ってくれていたその男の子にお礼がしたくて、
「コーヒーをごちそうさせて」
と、声をかけたのだ。
そうして、アルバイトを休み、懐かしいような、恋しいようなその男の子と1日を過ごすことにしたのだ。そんな不思議な宝物のような1日のお話。
大人の絵本のようなこの本のデュークが男の子だからだろうか。私が今一緒にいる愛犬トイプーのさくらの前、私がまだ中学生くらいの頃にいた愛犬を思い出す。男の子だった。名前は『コロ』。生後二か月で我が家にやって来て、本当にコロッコロしていたから名付けられた。毛足が長くて、白、茶、グレーがいい感じに混じり合っている、雑種の中型犬。18歳、老衰で亡くなるまで、一緒に過ごした。きっかけは、家の近所の電信柱に、
『仔犬が生まれたのでいりませんか?』
の張り紙を見つけて、連絡してしまったのだ。
仔犬の頃は、やんちゃで甘えんぼうで、わんぱく坊主。私たち家族の末っ子としてわちゃわちゃしていたけれど、成犬になると、すらりと大きく、マズルも長く、さらさらヘアー。ちょっとシベリアンハスキーを思わせるなかなかにハンサムな男になった。当時、両親は現役でバリバリ忙しく働いていたから、散歩は私たち子どもの役目。毎日朝晩、長い散歩をしていたものだ。
走るととても追いつかない。何度か脱走して、それでも2時間くらいしたら自分で戻って来て、開けたままにした玄関を、「エヘ」と言う感じで覗いていた。
丈夫で強いコロには、今では考えられないくらいいろんなものを食べさせた。怒られちゃうかもしれないけれど、コロはコーラも飲んだことがある。ペロっとしたら、炭酸がシュワっとする感覚にびっくりするコロ。でも甘くて美味しいからもう一口ペロ。でもシュワっとしてびっくり。その反応が面白くて可愛くて……
和菓子のきんつばも大好きだった。ごはんも、ドッグフードだけではなく、作りすぎちゃったモツ煮込みなどを、白いご飯にかけてあげるのも、バクバク食べていた。
強そうできりっとした見た目だけれど、とても優しい子で、あとから我が家の一員になったネコに望まれれば、自分の寝床を譲ったりしていた。
さくらは小さくて、いつまでたっても赤ちゃん扱いしてしまうのだが、コロはとても頼りがいがあった。当時、なんだか辛いことがあった時、河川にコロと散歩に行って、しばらくぼんやりするのに付き合ってもらったりもしていた。何も言わず、静かに寄り添ってくれている気がして、安心だった。
とても可愛がっていた。大切にしていた。
でも……今のさくらの飼い方との違いに後悔もある。言い訳だけれど今から30年くらい前。知識もなかったし、時代も違った。
コロも、もっとおもちゃをたくさん欲しかっただろうか?
お洋服もたくさん欲しかっただろうか?
ハミガキなんて、したことなかった。
今のように、周りに動物病院が選べるほどなく、元気で丈夫なコロに甘えて、健康診断なんてしたことなかった。
頼りがいのあるコロには、可愛がる、と言うより、頼ってしまっていた気がする。
考えると、後悔のようなもので、胸がギュッとなる。
でもそうすると私の心の中のコロは、
「面白かったよ」
と、優しく笑ってくれるのだ。
小さな頃から本が好き
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