アトリエM_こばやしいちこによるブックインスピレーションエッセイ。たくさん読んだ本の中から一冊をフィーチャーしながらオリジナルエッセイを届けます。
主婦病 / 森 美樹
連作短編集であるこの本には、全ての短編小説に同じ男が出て来る。
髪を金色に染め、長めの前髪。瘦せた身体。妙にきれいな顔立ちをしている。朝をむりやり汚した、夜のような男。黒いTシャツを着て、色の抜けたジーンズで、やさぐれた雰囲気なのに、どこか潔くて清い。
そんな彼が、それぞれの女たちの人生に、薄く、あるいは色濃く関わり合う。
「眠る無花果」では、絵子の謎の死を遂げた母親が、生前、理由はわからないけれどやたらと嫌っていた、ちょっと怪しい男。
「まばたきがスイッチ」では、美津子が3階のベランダから洗濯物を干すとき、まるで示し合わせたかのように同じ時間帯に洗濯物を干す、向かいの男子寮の男。
「さざなみを抱く」では、ある秘密を抱えた詩季子の夫の、担当インストラクター。
「森と蜜」では、幸せなのに、平和で幸せなはずなのに、なぜか満たされない美緒の情事の相手。
「まだ宵の口」では、和香菜のパート先に時々やって来て、焼き団子を一本だけ買っていく、ちょっと気になる常連さん。
「月影の背中」では、由紀乃の、大切な、大切な男性(ひと)。
この短編集は、1つ1つの小説と、最後まで通しての1つの小説と、まったく毛色の異なる小説かのようで面白い。
「まばたきがスイッチ」の美津子は、結婚している。
夫が出かけた後、楽しみにしているのは、新聞の悩み相談のコーナーを読むことだ。ある時、妻の離婚願望の相談で、
『たとえ専業主婦でも、女はいざという時のために最低百万円は隠し持っているべきでしょう』という型破りな答えがあり、それが妙に美津子の頭に残った。それがきっかけで彼女は、とある仕事を始めるのだ。
食事をしながら会話を投げかけても、うう、とか、ああとかおざなりな返事とも言えない音声を発するだけの夫。
いってらっしゃい、と声をかけても、いってきます、も帰ってこない。
美津子自身も、もう、夫と会話をしたいとも、返事をして欲しいとも思わなくなっていた。いわゆる、冷め切ってしまったのだ。
そんなだから、夫は髪型を変えたってもちろん気付かない。だがベランダで洗濯物を一緒の時間に干すだけの彼は、彼女の髪型が変わったのに気づいたのだ。この気持ちは、恋とか、愛とかとは違う。
でも彼が、いざ、のスイッチを押したのか?
「結婚してもさ~、旦那さんに内緒のお金はある程度持ってないとね……お金が無くて、出て行きたくても出ていけないから一緒に暮らすしかない、なんて苦痛だもん。新しい家を借りるために、敷金礼金とかもかかるし、1人で生活を立て直すために、だいたい、百万円くらいあればいいかなぁ~」
今よりうんと若い頃、でも、結婚が絶対的なものではないとわかるくらいは大人だった頃、こんな風に、友人とお酒を飲みながら話したことを思い出した。まさに、あの小説のように。
冗談っぽく、でもちょっと真剣だった。
その彼女の結婚生活は現在も続いている。ナイショの百万円は持ってるかな?そんな話をしたの、覚えてるかしらん?
今度、やっぱりお酒を飲みながら聞いてみるとしよう。
小さな頃から本が好き
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