拝啓、ステージの神様。 PR

口ずさむ嬉しさ『チョコレート・アンダーグラウンド』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます


よみうり大手町ホールで上演中のミュージカル『チョコレート・アンダーグラウンド』を観た。ホールを出てくだりのエスカレーターで♪チョコレート~、チョコレート と小さく口ずさんでいたのは、きっと私だけではないだろう。

仲良し同級生のスマッジャー(北川拓実)とハントリー(東島 京)。
甘いお菓子も大好きで、無邪気に過ごしていた彼らの日常は、健全健康党が政権を取ったことによりおびやかされていく。
チョコレートは禁止。甘いお菓子は禁止。食べ物は体にいいものを摂取せよ。
こんなルールが出来たら、子どものみならず大人だってどうかしてしまう。
でも気づいても後の祭り。選挙に行かなかった大人たちが悪い。

舞台を観ながら、そういえば今月、市長選があるって通知が届いていたなぁと、ふと頭をよぎった。

大人たちの中にも味方はいた。
バビおばさん(土居裕子)は、お菓子屋さんだからこんなルールが出来たら商売あがったりになる。街中に駄菓子屋さんがなくなって久しいけれど、なんとなくお店のおじさんやおばさんは、子どもたちの味方で、でも優しいばっかりじゃない、ほどよく味方という感じだったよなと思い出す。
このお菓子屋さんには、ストックの食材? があると言ってた。日持ちのするものがいざという時のために……、いきなり整理収納レーダーがピピンときてしまった。
お菓子は、非常時のためにもお役立ちなのだ。

もう一人、大人の味方は、古本屋の主人のブレイズ(岡田浩暉)。
子どもにとって、親以外の味方がいるって大事だよなと思う。今はやたらに子どもたちに声をかけたりすると「ヤバイ人」認定されちゃうけど、こうして物語の中で子どもに寄り添える大人が出てくると、ちょっとホッとしてしまう。
チョコレートガールのモファット(平野 綾)の存在もまた、彼らにとっては大きい。

ミュージカル前半、楽しい曲、不穏な曲、場面も次々に変わっていく。
ブレヒト幕と若者たちの機敏な動きが、その次々とスピーディーに転換する様子を生み出して飽きさせない。
反対にスピーディーさに耳が慣れないうちは、彼らが何を歌っているのか、話しているのか聞き取りづらいところもあった。

物語は健全健康党の監視の目を盗み、チョコレートを密造し密売したスマッジャーとバビおばさんが拘束されるあたりから、グッと熱を帯びた。
自由を奪われ、強制されることで歪んだ矯正がなされてしまう様子は、恐怖でしかない。
だけどスマッジャーは過酷な目にあっても、自分を失わず耐えた。
演じる北川拓実さんが、このシーンになって俄然力を増していた。
私が、2021年にドイツ戯曲の主演を努めた彼を観ていたせいかもしれない。
「♪不滅の炎」良かった。

党に捕まらなかったハントリーは、友の安否に心を痛める。
演じる東島 京さんの歌声が、せつなくて力強かった。こんな風に友を思えたら素敵だと、物語の途中なのにあたたかくなる。
「♪二人を守って」素晴らしかった。

あたたかくなるといえば、バビおばさんのやさしい強さだ。
捉えられ、高齢者施設に収容される際、機転をきかせ奴らの目をごまかした。
そこから先も強くその場を凌いでいく。
自らの半生を振り返る時、強くなかった自分を認める強さがあった。
「♪折れない小枝」最高だった。

反撃のチャンスがやってきた。
チョコレートを取り戻すため、彼らは作戦を遂行する。
嬉しいのは、健全健康党の命でスパイをしていた同級生フランキー(木村来士)を二人が許したシーンだ。
そうしていたことには理由があった、それをちゃんと聞いて、飲み込み、判断する。
対立したまま、勝ち負けを決めるのではないことにホッとした。
そういう意味では、健全健康党の捜査局長(蔭山 泰)が、ただ負けてこてんぱんにやられるのではなく、次の機会にはきっと……みたいに言って、勧善懲悪になってない感じもヘンな話だがホッとした。

♪チョコレート~、チョコレート
客席が一体になるオーラス。鏡で客席を映し、民衆を舞台上に見せる演出もこのオーラスにしっくりと来た。

実は私が観劇した日は、高校生が団体で客席に来ていた。芸術系の学校だろうか。人数は1~2クラス分くらい?
彼ら彼女らがどんな反応をするのか、席が近かったので気になっていた。
前半は特に反応している感じも薄かったような。
でも、オーラス、客席も思わず声を揃えるシーンで、チラリとそちらの方を見たら、結構な割合で声を出していた。カーテンコールの時は手も振っていた。
帰りには思わず口ずさみたくなるミュージカル。きっと彼らも歌っていたのではないだろうか。

ふたたびくだりのエスカレーターにて。
この日は嬉しいことにKEN'S CAFEの「しっとりフィナンシェ」(チョコ味)が来場者にプレゼントされた。
わーいわーいとそれを手に2列のエスカレーターをくだっている時、隣の列には高校生がずらり乗っていた。手にしたフィナンシェを見ながら
「これ何味? 抹茶?」「チョコ……」
ロビーが暗かったのでたしかに色は見えなかったので仕方ない。
冷静にチョコだよと突っ込む女子と、あそっか……みたいな男子の会話が微笑ましくて、思わず隣の列でフフフと笑ってしまった。私はバビおばさんの立ち位置を自覚しながら。

エスカレーターを折り返すと、今度は別の女子たちが
「あの鏡いいよね、あれ使いたい。どうすればいいんだろう?」
「あれいいよね……」
演劇部なのだろうか。ミュージカル科とかなのかしら。
バビおばさんの立ち位置で、「チョコバーをあげるから、この後ちょっと感想聞かせて!」と言いたい気持ちをぐっとこらえた。

♪チョコレート~、チョコレート
この日、私は友人から誕生日プレゼントにホットチョコレートをもらった。
ミルクに溶かして飲む時には、きっとこのフレーズを口ずさむに違いない。

拝啓、ステージの神様。
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