日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。
仕事で訪れた静岡県三島市。東京から1時間かからずに行ける場所だが、その日は1泊し、ホテルで遅くまで仕事やら何やらをした。
深夜から雨が激しく降り出して、翌日も天気予報は傘のマークが朝からついたままだった。
チェックアウト時間をずらし、昼前にホテルを出ると雨があがっていた。
どうやら昼時の2時間ほどは雨も一息ついてくれるらしい。
先輩と二人で徒歩で三嶋大社に向かった。
平日の雨の谷間ということもあり、町は静かだ。
鳥居をくぐり、雨に濡れて青々とした緑をゆっくり見ながら歩いた。
私が三嶋大社を訪れるのは2度目だ。
神池を過ぎ、総門をくぐる。背の低い桜が連なる参道を行き、神門をくぐった。
樹齢1200年という金木犀の木を右に見る。
つづいて正面に舞殿がある。改修された比較的ピカピカと新しい舞殿だ。
これがあるため、奥の本殿はすっぽり隠れている。
石畳の参道が途切れるため、一瞬奥にそれがあることがわからないこの感じは、神社多しといえどあまりない気がする。
砂利を踏みしめながら、本殿へたどり着いた。
おごそかで、しかし堅苦しくない気配が漂っていた。
本殿の賽銭箱前には、数組が並んでいた。
私たちも並ぶ。
ご夫婦だろうか? すぐ前の二人が本殿に向かって拝礼をすると、私たちの耳に予想もしないリズムが聞こえてきた。
タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ。
神社の一般的な拝礼は二礼、二拍手、一礼だ。
頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。
出雲大社はたしか二礼、四拍手、一礼だったか。
とすると、こちらも四拍手?
ほぼ同時に頭の中にクエスチョンマークを浮かべた先輩と顔を見合わせ、
二拍手? 四拍手? わからない、調べてくればよかった……となる。
わからないが、後続もいる。
「タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッってしてましたよ!」私が言う。
「そう聞こえた」と先輩も言う。
「なんか難しいけど、でも確かにタタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッでしたよね。え、4回?」私が言う。
私たちの後ろに2~3組並んでいる。
「よし行こう」先輩の掛け声を合図に
お賽銭をおさめ、二礼する。
そして先輩は拍手をする。
♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ
それはとてもとてもきれいなシンコペーションだった。
シンコペーションとは……
その拍だけちょっとおくらせて(または先に)うち、リズムに変化をつけること(三省堂国語辞典 第八版より)
そのリズムは小気味よく、とても響く音だった。
私も同じようにしたが、途中でちょっと面白くなってしまって、自信なさげに弱弱しく
♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ と打った。
音楽をしている先輩のそれは、フラメンコが始まりそうな拍だった。
由緒正しき三嶋大社で、フラメンコが始まりそうな拍手をした違和感に私たちは耐え切れず、列から外れた後、しばらく笑いと迷いを止めることが出来なかった。
そんなことってあるだろうか?
たしかに四拍手は聞いたことがあるけれど、シンコペで打つのはトリッキーすぎる。
第一、そんなに特殊ならそのことがもっと有名になっているはず。
「でも、くりちゃんが♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ って言うから……」
そうなのだ。事実、前の列のお二人は、そう打っていたのだ。
でも気づいてしまった。♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッは、前のお二人が
それぞれ正確な間合いで四回手を打ったことで生まれた絶妙すぎるリズムだったのだ。
女① パン 女② パン 女③ パン 女④ パン
〇男① パン、男② パン 男③ パン 男④ パン
つまりこういうことだ。
ツボに入ってしまった私たちは、三嶋大社で爆笑が抑えられないおかしな二人だった。
寝不足のせいも少しあった。
私たちの不謹慎な様子と手の打ち方を怪しんだのか、授与所の巫女さんに参拝礼を確認しているカップルがいた。
耳を澄まして聞くと、一般的な二礼、二拍手、一礼でいいらしい。
あの前の列のご夫婦? は、別の信仰を持たれていたのかもしれない。
いろいろ無知でスミマセン。
人が減り、笑いに一段落がついたタイミングでもう一度本殿に向かい、
正式な二礼、二拍手、一礼をした。
実は私は途中で思い出し笑いをしてしまったので、重ねて不謹慎ではあったかも。
でも神様は寛容でいらっしゃるから、きっと大丈夫……と都合よく解釈して三嶋大社の本殿を背にした。
しばらくの間、頭の中では「♪シンコペ―テッド・クロック」が鳴っていた。
あとで聴き直したけれど、「♪シンコペ―テッド・クロック」の曲中には、
♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ
というリズムは出てこない。でも、小学校の器楽クラブでこの曲を演奏した時の楽しい記憶がよみがえって、その後の三島の町あるきも楽しくなったし、よく笑ったのでお腹もすいた。
そうだ、先輩と今度、スペイン料理を食べに行こう!
いや、でも待てよ。フラメンコショー付きのお店に行ったりしたら、
この三嶋大社での一幕を思い出して吹き出してしまうかもしれない。
それほどに完璧なリズムだったのだ。
♪タタンッ、タタンッ、タタンッ、タタンッ