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六月大歌舞伎_脇を固めるベテラン勢にロックオン「信康」

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
初心者ならではの目線で、印象に残った場面や役者さんについて書いてみます。

今月は第二部の「信康」を三階席から観ました。
信康とは、徳川家康の嫡男、徳川信康のこと。出来のいい息子でしたが、武田との内通を疑われ、織田信長から切腹を命じられる悲劇の人として知られています。

この作品で信康を演じるのは、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの市川染五郎さん。
歌舞伎座初主演となります。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では木曽義仲の息子、義高を演じたことでも話題で、
気品のあるプリンスといったイメージ、色気のある美男子のイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

この作品では信長が脅威を感じるほどの、荒々しい武者ぶりを見せる強い演技をしていたのが印象的でした。

しかし、なんと言っても今回の「信康」、とにかく脇を固める役者陣の豪華なこと。
父・徳川家康を演じるのは染五郎さんの祖父にあたる松本白鷗さん。
信康の母・築山御前を演じるのは中村魁春さん、守役の平岩七之助親吉は、中村錦之助さん、家臣・松平上野介康忠を中村鴈治郎さんら、渋い役者がずらりとそろいます。

歴史ものの中でもよく描かれますが、信康の母、築山御前と妻・徳姫(中村莟玉)の嫁姑の関係は最悪。そもそも築山は今川義元の姪、篤姫は信長の娘ですから、仲が悪いのも納得です。信康との間に女子しかもうけないことにもネチネチ言い、信康に側室を押し付けたりと、不仲も不仲。

結果、徳姫は父である信長に、徳川が武田と通じているとか、側室も武田方の娘であると吹き込む内容の手紙を送ってしまいます。
これにより武田との内通を信長に疑われてしまうという筋書きです。

築山御前を演じる魁春さんがなんとも嫌味っぽい言い方をするんです。
そうした嫁姑の場面などは、歌舞伎では珍しい気もして、そのやりとり、バトルっぷりが新鮮に思えました。

信康は、信長に憧れを抱いている男でもあります。
一般的に家康は吝嗇家(りんしょくか)、平たく言えばケチな人というイメージがありますが、それに対して信長は、金回りが良くて、武器なども新しいものを揃えた人。
信康はそんな信長に憧れを抱いていたので、鉄砲を担いで見せるシーンなども印象的です。
実の父である家康についてはディスるぐらいなのです。

信長からの非常な命に家康は従うしかありませんが、父をはじめ信康を囲む面々たちはなんとか彼を助けたいと思い策を練り、身代わりとして又九郎(歌之助)を用意したりもするのですが……。

結果、信康は徳川家のために自らが死すことを選択します。
それまで、猛々しいイメージだった染五郎さん演じる信康が、いよいよ死を目の前にして大泣きするシーンは、それまでとは違う感情のぶれが見えとても良かったです。

「どうぞお逃げください」と信康に訴える守役・平岩親吉のシーンでは、演じる錦之助さんをオペラグラスでずーっと観ていたのですが、その表情から目が離せませんでした。

ラストは切腹のシーンです。家康が止めようとやって来た途端に、信康は先んじて自分の腹を刺してしまいます。
断末魔のかすれ声も実に良かったです。
切腹の介錯は服部半蔵に頼んでいたものの、半蔵が出来ずにいるところに代わり、父である家康が刀を抜く場面で幕となります。
今作では幕は上から降りて終わりました。

脇を固めるベテラン勢たちの渋い演技に魅了されっぱなしの第二部「信康」でした。
市川染五郎さん、本来ならあまりお役がつかない年代にさしかかっていますが、今作からもこれからの歌舞伎界で大いに期待されている人なのだなと感じました。

CHECK!

舞台写真付きの詳しい歌舞伎レポートは、エンタメターミナルの記事「歌舞伎座「六月大歌舞伎」が開幕!公演レポート、舞台写真掲載」をご覧ください。

文・片岡巳左衛門
47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、猿之助丈の化け物や仁左衛門丈の悪役。