アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。
きのう何食べた? / よしながふみ
弁護士の筧史朗と、美容師の矢吹賢二。2人の食生活を中心とした、日々の生活のお話。漫画です。
2人は恋人同士で、同棲中。シロさんとケンジ。名前でなんとなく察する通り、2人はゲイのカップルである。几帳面で料理上手なシロさんが、家計簿をつけつつお買い物をして、料理を作ることがほとんど。パリッとしたスーツを着たイケメン弁護士が、仕事の帰りに、お気に入りの安くていいものがそろうスーパーに立ち寄り、相方の好みも旬も考えつつメニューを決める。食卓には、甘いの・酸っぱいの・辛いの、と味も栄養もバランスのとれた美味しいお料理が並ぶ。お客様に接する美容師であるケンジが、仕事に差しさわりがないように、にんにくは、彼の仕事が休みの前日にしか使わない。一見クールに見えてわかりづらいが、基本的に優しい男なのである。
この漫画、かなり字が多め。そして、料理の工程が多くを占める。だからすごくわかりやすい料理本としても活用できる。毎日の食卓だから、「セロリは、ミネストローネスープに入れて、そして余った分は次の日にセロリのきんぴらに・・・」など、昨日の食材を明日に活用、といった庶民的なアイデアまで。お料理のちょっとしたコツも、シロさんの独り言めいた吹き出しで教えてくれたりしている。たとえば、
「ひじきの煮物って ひじき本体を味見しながら作ると 絶対最後に味が濃くなりすぎんだよな 煮汁を味見して薄めに味付けないと」
といった具合。
ケンジがコンビニでアイスを買ったら、「不経済だ!」と言って、割引き価格で売っているスーパーで買わなかったことを怒るシロさん。「だって、新作だよ・・・?」というちょっとした小競り合い。けれど、しっかり者のシロさんは、なんの保証もない2人の老後のために、ちょっとでもお金を貯めたくて安売りのスーパーをはしごしたりするから、うるさくも言いたくなる。でもケンジだってその気持ちはちゃんと理解している。この小競り合いだって、遊びの延長線だったりするのだ。
2人の食卓だけでなく、友人カップルとのダブルデート的なお花見のお弁当や、ちょっとしたパーティー。また、職場でもカミングアウトしていないシロさんが、唯一ゲイだということを打ち明ける羽目になった主婦友のお宅で教わる家庭料理。身近で気の張らないお料理の裏技など、参考になることが盛りだくさん。この主婦友さんとは、「大きなスイカを半分こに分けあう」仲だ。なぜか会ったその日にカミングアウトすることになったという。今じゃあ、わりと何でも話せる仲だ。待ち合わせは、たいてい行きつけのスーパーマーケット。
2人の関係、友人知人との関係、職場での人間関係、両親との関係。ゲイの2人を中心にした割と濃密な人間関係も面白い。
婚姻届のようなもので、契約を交わしたわけではないからだろうか?この2人は、「恋人」という関係の上に胡坐をかくような感じがない。わりといつだって相手を想いやっている。一見、クールなシロさんに、ケンジが惚れ切っているのかな?と思いきや、シロさんは、「別れたら、相手がすぐ見つかるのは、ケンジだな・・・」
なんて、切なく考えたりもする。
お料理だって、節約の買い物だって、シロさんが好きで得意だからやっているだけで、家事を押し付けられた感がない。定時帰りを決めているシロさんに比べて、帰りの遅めのケンジも、帰ってきたらソファーに直行。ああ疲れた、とビールをプシュ・・・なんてことはありえない。「ただいまあ、遅くなってごめん。何か手伝うことある?」と、すぐに並んでキッチンに立つ。
ちょっとケンカしちゃった次の日の食卓には、ケンジの好物ばかりが並ぶ。シロさんからの「言い過ぎたかも」の仲直りの合図。そして、そういうのにちゃんと気が付くケンジ。言葉惜しみしないで料理をほめるのも、円満のヒケツだ。
私が、通っている美容院で、担当の美容師さんと、良く漫画の話なんかをするのだけど、随分前に、この漫画をオススメしたことがある。
「弁護士と、美容師のゲイのカップルの・・・」
のところで、美容師である彼はぴくりと反応した。なんかちょっと気が進まなかったらしい。でも、この作品は、それだけじゃないんだよなあ。
今の私の目標は、無理強いせずに、彼にこの作品を、まずは読んでもらうことだ。