アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中かにおら、読者すすめの一冊をご紹介します。
四十九日のレシピ / 伊吹有喜
2歳で母を亡くした百合子と、父・良平は、百合子の5歳の時からのお母さんであり、その時から良平と33年間連れ添ってくれた乙美さんを、二週間前に亡くした。71歳でこの世を去った彼女は、底抜けに明るくて、優しくて、絵と、お料理が上手。当初、なかなか懐かなかった百合子を上手に見守る、ふっくらと優しい女性だった。
妻を亡くして、抜け殻のようになってしまった良平。結婚して家を出ていた百合子だったが、夫婦関係がうまくいかず、傷ついて実家に帰ってきた。抜け殻ふたつ……やらなくてはいけないことはたくさんあると言うのに。そこに救世主として現れたのは、乙美の教え子だったという、真っ黒日焼け、黄色い髪、目の周りを銀色の線で縁取ったメイクの『井本』と名乗る19歳の娘だった。
井本は、乙美がボランティアで絵手紙を教えていた福祉施設の生徒だという。そして、彼女は乙美から、暮らしのレシピ、と書かれた分厚い冊子と、もし自分が死んだら、夫がいろいろ困るから手伝ってほしい、とミッションを託されて来たのだ。
暮らしのレシピには、料理、掃除、洗濯、美容など項目に分かれていて、やり方や方法などが、きれいなイラストとともにわかりやすく書かれていた。そして井本が課されたミッションは、自分の四十九日には、読経や焼香もいらない、料理の項目の四十九日のレシピに書かれているご馳走をみんなで楽しんでもらいたい、というものだった。
常識外れともいえるこの乙美の遺言のようなものと向き合うことにした良平と百合子。亡くなってからわかる乙美のこと。
毎日のように手伝ってくれる愉快な井本という娘、男手が必要で頼むことにしたハルミというブラジル人青年。家族のように百合子と良平に寄り添ってくれるこの2人。百合子の夫とのゴタゴタに付き合ってくれたり、声の大きな良平に怒鳴られても、気にすることなく笑って世話をしてくれる。この2人によって、しょんぼりの親子はだんだんと癒され、元気を取り戻していく。
私が義妹を亡くした時、葬儀、四十九日とやったけれど、私の立場としては、とくに忙しいことも、やることもなく、いろいろ考える時間が出来てしまい、ちょっと辛かった。人が亡くなった後は、いろいろやらなくちゃいけない雑事があるから、辛い気持ちが紛れるっていうのは、本当なんだなあ。必要なんだな。走り回る弟を見て、実感。
そしてちょっと落ち着いた頃、片づけに弟の家に行った日に、2人で分厚いファイルを見つけたことがあった。
「なに、これ?」
「いや、僕も今見つけた……」
そのファイルは、カラーインデックスで、見出しの部分に『掃除』『料理』『洗濯』と記入され、項目ごとにきちんと整理されていて、彼女のきれいな文字と、イラストで分かりやすく……ちょっと待って。どこかで聞いたことがない?
乙美さんと同じようなことをしてくれていたんだ。
字がきれいなのは知っていたけど、イラストも上手だね、と、なんだかうれしい発見。体力があるときに少しずつ書いてくれていたんだな。完成することはできなかったけれど、これは絶対役に立つよ。項目だけ作って、内容が空欄のものがいくつかあった。無理もない。晩年はだいぶ体力もなかったから。
でも、ひとつだけ気になるまっしろ空欄の項目が。見出し部分に書かれた文字は
『危ないこと』
ねえ、いったい、何を教えてくれようとしたの?!