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朝が来る / 辻村 深月

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アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中かにおら、読者すすめの一冊をご紹介します。

朝が来る / 辻村 深月

佐都子達夫婦は、同じ年の、わりと仲の良い夫婦だ。結婚して数年、子供はいない。い
らない、と強く思っているわけではなく、自然に授かるのは嬉しいが、まあ、いてもいな
くてもいいと思っていた。ところが、自然に任せていても妊娠しない2人を勝手に心配す
る周囲にせっつかれ、納得のいかない気持ちを抱えつつ、不妊治療専門のレディースクリ
ニックに通い始めた。いてもいなくても……と思っていたはずが、段々と近づいてくる
タイムリミット的な数字に焦りを覚え、積極的に不妊治療を開始することにした。時間も
お金もかかる、体力的にも大変な不妊治療。幸いにも経済的には余裕があったこの夫婦、
そこは問題なかった。しかし、始めたからと言って、すぐ妊娠!とは行かず、何より精神
的に応える日々。

お互いがお互いを支えるように、労わりあって、協力して子供を待ち望んだ。だが、授
からないまま心も身体も疲弊していく。もう、やめよう……たぶんお互いにそう思って
いるが、そう言い出せないまま……

「これからも、2人だけでもいい」
2人がやっとそう決心し、口に出して言い合えた時、最初にレディースクリニックを訪
れてから4年の月日が経っていた。

2人だけで、穏やかに暮らしていたある日、テレビのニュース番組で、特別養子縁組を
仲介する民間団体が紹介されているのを目にする。特別養子縁組と言うのは、養子と実親
との間の法的な親子関係を解消し、養親との間に実の親子と同様の親子関係を成立させる
制度だ。『ベビーバトン』というその団体は、親が育てられない赤ちゃんを、子供を望む
家庭に、生まれてすぐに養子に出すのを仲介する。

一度はあきらめたはずの気持ちだったが、こういう方法もあるのか、と再びざわつく。
血のつながりにこだわる親や、周囲の心配もあったが、養子を迎えることにした。

そうしてこの夫婦のもとにやってきた息子。朝斗と名付けた。初めてお迎えに行ったと
き、一度だけ産みの母、ひかりと会った。彼女が、自分の息子の両親となる人と、先方さ
えよければ会いたい……、と控えめに希望したのだ。朝斗を産んでくれたお母さんは、
小さな女の子。まだ中学生だった。
付き合っていた彼氏との間に子供が出来てしまい、それに全然気づかないまま、日々を
過ごしてしまう、ひかり。彼女は、不良でも、特別マセているわけでもなく、ごくごく普
通の、どちらかというとおとなしい女の子だった。バカなことを!・・・でも、つい最近
まで小学生だった、本当に子どもだったのだ。

家族に支えられるようにして立っている少女は、「ごめんなさい。ありがとうございま
す。この子をよろしくお願いします。」と、震える声で何度も言った。ごめんなさい、は
おそらく赤ちゃんへ向けた言葉、この子をよろしくお願いします、は、心からの願い。そ
れが伝わってくる、小さな声だった。
少女の詳しい事情は、佐都子達夫婦には知らされない。けれど、この彼女が産んでくれ
たから朝斗に巡り合えた。心からの感謝と、彼女のこれからの幸せを願い、最初で最後の
面談を終えた。

ところが、すくすくと素直に、優しい男の子に育った朝斗が、幼稚園に行っているある
日、本当の母だ、と名乗る女から、
「子どもを返して欲しい」
という電話があった。
本当に、あの小さなお母さん……?
佐都子達夫婦は、電話の女と、会うことにした。

欲しい時に、欲しい人たちのところに、ちょうどよくやってくるわけではない妊娠だか
ら、すべての人にとって等しく嬉しい出来事ではないだろうが、妊娠ってすごい。

学生時代の友人が結婚した後、避妊をしていないのに、数年子供が出来ない時期があっ
た。子どもが欲しい子だったから、まだかまだか、と待ち望んでいた。そんな彼女が、待
望の妊娠をした時は、一緒にとても喜んだことを思い出す。
「実は、妊娠するって、けっこう奇跡なんだよ」
ポロリと彼女が言った時、「名言出た!」なんて、ふざけて言っていたけれど、かなり感
動していた。あの時の奇跡の息子も、もう立派な大人。付き合っている女の子がいて、結
婚か?! の年齢だ。
あの奇跡の息子が奇跡を起こすのも、そう遠くないかもしれない。

文と写真・こばやしいちこ

小さな頃から本が好き
映画が好き
美味しいものが好き
おせっかいに人に勧めたがり
愛犬・さくら(黒のトイプードル)を溺愛しながら、
毎日なにかしら本を読んでいます。

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