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痺れるけどあたたかい京都の夜

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

京都2泊目の夜、久しぶりに再会出来た方と夕飯に何を食べようかと思案し、
初めての味にトライしようと開店直後の店を訪れた。しかし、予約でいっぱいとのこと。
初めての味とは、山椒鍋だ。
京都の味としてちりめん山椒は有名で大好物だが、山椒鍋は聞いたことがなかった。

満席に落胆しつつも、口はすっかり山椒鍋だ。
初めてなのに口がそうなるというのもおかしな話だが、どうにもあきらめきれずにいた。
すると、車で10分ほどの場所にそれを食べられる店があることがわかった。
その店の本店だった。電話をかけると気さくな感じで対応してくれたので、
わくわくしながらその店に向かうことにする。
車で10分、歩くと30分以上かかる距離だった。

となると、タクシーを拾うことになる。
あまり流していない場所でしばし待って1台のタクシーを止めた。
スライドドアが開く。
すると予想外の図が目に入った。
白いカバーのかかった後部座席に、紳士もののハンカチが敷かれている。

運転手さんに向かって行先を告げると、
「シートが濡れちゃってるんですよ」という。
こんな感じだ。
乗車拒否をしてもおかしくなかったのかもしれないが、
私たちは、向こうとこっちにそれぞれ寄ればいいねと、乗る前提で答えた。
だって山椒鍋が待っているのだもの。

目的地に向かう道中、なぜ濡れてしまったのかを尋ねると、その答えは
傘がなくて雨に濡れていた人を乗せたからとのこと。
「シートが濡れるほどなのに乗車拒否しなかったんだね」
と、二人で勝手に親切な運転手さん認定をしていた。
だって山椒鍋が待っているから。

それにしてもこのお漏らし感はなかなかだ。
そう見えるのは、濡れたシートに広げられていたのがタオルではなく、手ぬぐいでもなく、
紳士もののハンカチだったせいだ。
実は本当にお漏らしではないよね?と、
秘かにマスク越しに臭いを嗅ぐように大きめに鼻で息を吸ってみたりもした。
もちろんそうではなかった。当たり前だ。

「これ、シート濡れちゃってどうしようとしてたんですか?」
との質問には
「一旦事務所に帰ろうかと思って。そんなに濡れてるわけじゃないので、シートカバーを変えれば大丈夫だと思うから」と運転手さん。
本当にそれくらいの濡れ具合だったのかは不明だが、そうこうしているうちに私たちの乗ったタクシーが目的地に着いた。

乗車拒否をしなかったタクシーに、乗車拒否しなかった私たち。
いいループが成立したのは、やっぱり山椒鍋のおかげか。

初めて食べる山椒鍋は、鶏の出汁にすりつぶした実山椒を加えた塩ベースのスープに
鶏肉と野菜を入れたものだった。
追い山椒でピリリ具合を調節する。
〆には、雑炊ではなく、山椒餅なるものを入れて食べた。
山椒餅は、山椒を練り込んだ特注の餅だという。これも口の中が程よくピリリとくる後味が美味だった。

店主ご夫婦の人柄も気さくで楽しく、美味しい夜。
私たちの前に、雨に濡れてあのタクシーに乗ったどこぞの人が、
冷えた体をあたためるべく、山椒入りのスープを飲んだかどうかは定かではないし、
その確率は低そうだが、あのタクシーの運転手さんが、いざという時のためにタオルを常備するようになった確率は、たぶん0ゼロではない。