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浅草舞台表裏記_其の五_化粧、着付、鬘のベルトコンベアー

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

私の母が出演した一世一代の晴れ舞台、浅草公会堂で開催された舞踊の会。
一日付き人として見た舞台の表と裏の話のきまぐれ短期連載をお届け中。

出番に向けて支度が始まる。
プロフェッショナルな人たちの仕事振りを間近に見られる機会がやってきた。

出番を控えた人たちに次々とお支度の声がかかる。
化粧、着付け、かつらが控えているのだ。
白塗りにするために、化粧を完全に落として支度部屋へ来るように言われた。
くれぐれも石鹸で落とすよう言われる。牛乳石鹸とかの普通の石鹸で……と念には念をいれ、何度も言われる。
おしろいを塗るためには、油分が残っていてはいけないのだそうだ。
聞いているだけで肌がつっぱってくる。

浴衣に着替え、化粧を落として支度部屋向かう母に、ひょこひょことついて行った。

畳みが敷かれた支度部屋は奥から、着付け、化粧、かつらの順に職人さんが並んでいる。
ほどいた髪はあっという間に羽二重で覆われ、すぐにおしろいが塗られ始めた。

顔、首、背中、腕。あっという間に白くなる母。
後ろから見ると、やはり小さいなぁという印象だった。

化粧の手順は二段階に分かれていて、おしろいを塗る係と、顔を描く係の方がいる。
興味津々でその仕事振りを見ていた。
とにかく動きに無駄はなく、仕事が早い。

そりゃあそうだ。舞台は短いもので5分、長くても10分程度の演目がほとんどだから、
次々仕上げていかねばならないのだ。

後ろ姿を写真にこっそり収めていたら、母の顔をこれから描こうという職人さんが
「そんな後ろでパパラッチみたいに撮ってないで、こっち来て撮ったら?」
と声をかけてくれた。

「え、いいんですか?」と私。
お言葉に甘え、畳に上がり、真横から母の顔が描かれる様子をパシャパシャやった。
母を撮るというよりは、むしろ職人さんの仕事振りを撮りたかったわけで、
真横でそんなことをされていても、すーっと眉毛を描き、あっという間に舞台用の顔に仕上げてくれた。
プロって本当にすごいのだ。

演目によって紅のさし方から何から異なるわけで、
この道何年? はじめはどうだった? 忘れられない失敗談は?
など、聞きたいことは山ほどあるが、それはぐっとこらえる。
私は今日は母の付き人だからね。

続いて着付けへ。
二人がかりであっという間に、衣装を着付けていく。
母が着用した着物は白地に赤や緑の紅葉、色とりどりの松竹梅が鮮やかな素敵なおひきずり。

ベルトコンベアーに乗った何かのように、見事な流れ作業で、最後はかつらをかぶって完成だ。
ずらりと出番順に並んだかつらは、もちろん事前にかつら合わせをして、本人の型に合わせてある。
こちらも鮮やかな手つきで、あっという間の出来事だった。

 

お支度をしてくださる職人さんには、自分の番が来てお願いするごとに、祝儀袋に入ったお礼をお渡しする。
これもまた独特だけれど長年の風習なのだろう。
この日着付けるのは全部でえーっと……、
などと下世話なことは言うまい。

ちなみに、着付けるのはあっという間だったが、脱ぐのはもっとあっという間だ。
これから出番の人を着付けながら、その間もじゃんじゃか脱ぎにやってくる人たちを捌いていくその様子もまた圧巻だった。

ほんと、プロフェッショナルな人たちってすごい。
さあ、いよいよ本番の舞台へ。
83歳の晴れ舞台。母は意外にもさほど緊張している様子はなかった。

(つづく)

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