クリッセイ PR

記憶のマイクリレー

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

わが実家の新年会。ありがたいことに今年も姪甥交えた10名が集った。
義姉お手製のおせちを中心に、目の前の料理をフードファイターのごとくものすごい集中力で食べる家族がそこにある。

毎年のことだが、元日生まれの母の誕生日も兼ねているので、おせちをさんざん食べた後は、必ずバースデーケーキタイムがあるのも恒例だ。

そんな新年会の中で、今年、話題にしたのは、「自分が憶えている中で一番最初の記憶とは?」だった。
私が何の気なしに高校生の姪に聞いたのをスタートにして、親族たちに次々とマイクを回していった。(もちろん、本当のマイクはない)

85歳になったわが母の「自分が憶えている中で一番最初の記憶」は、沸いている鉄瓶の口から湯気を吸ってしまい気管支を火傷したという、正月早々、顔をしかめたくなる痛い記憶だった。痛くて痛くて、泣きながらヨダレをダラダラ垂らして幾日かを過ごしたのだそう。
なぜそんなことをしたかといえば、年末、畳替えをしている職人さんが、やかんの注ぎ口から水を口に含み、パァーッと霧を吹いた作業の様子が印象に残っていたかららしい。
幼かった母の目にはその光景がやけに格好良く見えたのだろう。
いかにも職人の娘らしいが、なんとも危ない話でもある。

同じお題で答えた88歳のわが父の記憶は、お風呂の話だった。
秋田の味噌蔵の次男だった父。風呂は家長から長男、次男と順に入るのが習わしだったそう。
その日は父の前に入るはずの長男が不在だったか、もたもたしていたかで、お兄さんを追い越して自分が入ったのだという。
大きい釜炊きの風呂は、父が入った時には湯がとてもぬるかった。
「ぬるいぬるい」とぜいたくなクレームをつけたら、外でグラグラと沸かしている湯を
風呂にたし湯してくれたそうだ。それが幼い自分には飛びあがるほどの熱さだったそうで、
それが鮮明に憶えている子どもの時の記憶だという。

まさかの幼い記憶が、火傷つながりだったとは……。
燃えるような恋で結ばれた二人、というわけではない、見合い結婚の両親だが、
お正月の記憶トークでは、そんな共通点が出て来たのだった。

しかしである。父の「熱かった」記憶はなんとなく母の話題に引っ張られた感じもする。
酒も飲んでいたし、私が回したお題が父の中で「憶えている限り古い、熱い思いをした記憶」に変換されていたというのもありそうだ。

曖昧なこともいろいろあるが、そもそも記憶とは曖昧なものなのだ。
このトークはその後、私の夫や兄、義姉、姪たちにもまわり、皆、それぞれうろ覚えながら答えてくれた。
笑っちゃうようなエピソードもあれば、なぜそれを憶えているんだろうね? と深掘りしたくなるような答えもあって、とても愉快で貴重だ。

「自分が憶えている中で一番最初の記憶は何? それは何歳頃のどのようなこと?」
この質問、ちょっとしたマイブームになるかも。

※写真は正月も般若心経の写経を欠かさない父