理由あって週イチ義母宅に通っている。
これは、主にその週イチに起こる、今や時空を自由に行き来する義母とその家族の、
ちょっとしたホントの話だ。
健康一直線で生きてきた私は、幼い頃に親に手当てを受けた記憶がほとんどない。
もちろん人並みに風邪くらいはひいたし、咳がコンコン止まらなかった夜もある。
我が家に常備されていたものといえば、VICKSヴェポラップとザーネクリーム。ニベアよりザーネな家だった。
母が手のひらで胸と背中に塗ってくれたヴェポラップでスーッと鼻の通りがよくなり楽になった時の安堵感なんかは、記憶の片隅にあったりする。
子育てをされてきた方、または今、真っ最中の方は、そういう手当てをお子さんにしてきているのだよな、とじんわり思う。
なぜそんなことを思ったかといえば、それは義母宅でのある一時が理由だ。
毛布を2枚かけて、寝たり起きたりを繰り返す義母がやけに布団をゴソゴソしている。
一瞬鼻をクンクンとさせた。そういう臭いがするわけではなさそうだ。
「何?どしたー」と聞くと、義母は腹をぼりぼりと掻きながら
「かゆくてたまらないんだよ」という。
こういう時、義母は、長年苦しめられている人のような体(てい)で訴える演技派になる。
「お腹?ちょっと見せて」
義母がペロッとめくったお腹を見ると、たった今、ボリボリと掻いていたから、そこがうっすら赤くなっている。
理由は紙パンツのゴムの部分のせいみたいだ。これはものすごく納得するし、想像もしやすい。
乾燥しているのも理由だろう。しばらく痒がっていたので、そうだ! と思い、自分のバッグの中からハンドクリームを出して義母の手につけて、それを痒いところに塗るように伝えた。
寝ながらなんとなくで塗ろうとするものだから、的外れな感じで全然塗り拡げられない。
仕方がないなぁーと思いながら、手のひらで義母の腹にクリームを薄く塗りげた。
「これで大丈夫だよ。いま、痒いところに塗ったから。ゴムのところがキツいのかもしれないね。っていうか、お義母さん太ってキツくなったんじゃないの?」
悪態つくことを忘れない嫁だ。いや、この場合は悪態というより照れ隠しということにさせてもらおう。
実際少し前から紙パンツのメーカーを変えたようなので少しサイズが小さくなっているのかもしれないから、これはストック補充担当の夫に申し送りすべき案件ではある。
そのまま横になっている義母に背を向けて台所でなんやかやとしていると、こう声をかけられた。
「おかあさんは優しい人だね……」
この場合の「おかあさん」とは、自分の母親と間違えているのではなく、誰かのお母さんであるあなた、という意味だ。
毎週行く度に、義母から見る私は子どもが2〜3人いるお母さん、に見えるみたいなのだ。
そして毎回、「私には子どもはいないよ」というと、驚いた後に少しバツの悪そうな顔をされる。
今日はそのことにツッコミはあえていれずに「え、私のこと? 私が優しい人?」と聞き返してみる。
「そうだよ」
手当ての効果は絶大だなと思う。実際、その後は一度も痒がっていなかったので、気持ちの問題だけとも限らないが、それにしたって精神面は何かしら関係しているはずである。
そうね、そうよね、意外と優しいのよね、私! と心の中でつぶやいた。
夕飯を食べ終えてしばらくした頃、夫から義母宛に定例の電話が入った。
「夕飯はもう食べたの?」という質問に安定の「まだ食べてないよ」と答える義母。
すぐさま、いやいやいや、おいおいおいとツッコミを入れながら聞いていたら、
電話の向こうで質問の仕方を変えたらしく
「うん、ちょっとだけ食べた。つまらない残りものだよ」
と義母は答えている。
そのつまらない残りものをちゃーんと温めて、炊き立てのご飯とともに出した嫁があなたの後ろにいますよー。
と、さっきクリームを塗ったその手をギュッとにぎった……。
なんてことはなく、その手で一日の終わりは、紙パンツの履き替えを手伝って、鍵を閉めて義母宅を跡にした。
今夜は自分の手にたっぷりとクリームを塗って、眠りにつくことにしよう。