誰かと一緒に観劇すると、共感が何倍にも膨らんだり、違った目線がプラスされます。
作品をフィーチャーしながら、ゲストと共にさまざまな目線でエンタメを楽しくご紹介します。
今回ご紹介する舞台作品は、オールスタッフプロデュース ミュージカル『ピエタ』。
浅田次郎さんの原作「ピエタ」(『月のしずく』所収 /文春文庫)をミュージカル化したオリジナル作品です。
ご一緒したのは、整理収納コンサルタントの江川佳代さん。
お仕事で上京されるタイミングで、「なにかオススメの舞台があれば一緒に観劇したい!」という嬉しいリクエストをいただいて、俳優座劇場へと誘い、観劇後は大いに語りました。
友子(梅田彩佳)は有能な女性誌の副編集長。人望も厚くバリバリ仕事をこなすが、母・千代子(高泉淳子)に24年前に捨てられた過去を持つ。別れ際に母が言った「いい子でいれば、帰ってくる」という言葉を信じていい子であり続けた日々は、母への思慕と自己を肯定できないねじれとなっていた。
恋人からのプロポーズを断り、露天商をしている中国国籍の男を婚約者に仕立てあげ、友子は母が暮らすイタリアをめざす。
※以下、作品のネタバレを大いに含みます。
自己肯定感が低いのは
母の言った何気ない一言のせい
栗原 佳代さん、かなり泣いてらっしゃいましたね。
江川 マスクが濡れて気持ち悪くなってきたので、途中でハンカチを挟んで押さえてた(笑)。
栗原 佳代さんが涙するのは予想していましたが、予想の遥か上をいく泣きっぷりでした。江川 栗ちゃんも泣きよるじゃんって思ってたよ。
栗原 へへへ。浅田次郎さんの短編作品が原作でした。いかがでしたか?
江川 イントロダクションを読んでいたので、展開は予想してたんだよね。そこから外れることはなかったけど、それぞれのキャストからあふれてくる感情みたいなものを感じることか出来たから、思った以上に琴線に触れていろんな感情が出てきました。
ダンスナンバーの組み込み方や、子役の子のシーンが差し込まれるタイミングとかが良かったよね。
栗原 友子(梅田彩佳さん)が母親(高泉淳子さん)のいるイタリアへ一緒に連れて行くリーさんの役を伊藤裕一さんが演じました。この役はWキャストなので、元彼を演じていた神田恭平さんがリーさんをやる日もあるんですね。
江川 今日、リーさんを演じた方、ぴったりだった。あのラストシーンの身長差が最高!
栗原 友子は幼い頃、「いい子でいれば、帰ってくるからね」と母親に言われてずっといい子でいたんですよね。
江川 お母さんはそれを言ったこと自体を忘れてて、途中でハッとなったよね。帰ってくるつもりはなかったのかなぁ。何気なくその場限りで言ったことで忘れていたんよね。でも彼女自身も別れや悲しみを経験する上で、娘を思い、イタリアから友子に手紙を送り続けたんだよね。ある意味勝手だけど。
栗原 勝手ですよね。最初はいろいろ納得いかなくて、心の中でブーたれながら見てました。でも6歳で母親に自分の手を離されたら、そこに囚われてしまうのは当然ですよね。
江川 お母さんがいなくなって、お父さんが再婚して義理の母親が出来たけど、気を使ってたって言ってたよね。だって田舎だったらお父さんは「捨てられた夫」と噂されるから恥ずかしいじゃん。だから過去は早く忘れたいって思っただろうしね。
友子を可愛がっていた爺ちゃん(畠中洋)が出てきたけど、あれは母方の祖父かな。だって父方の方なら許されるわけないもん。
栗原 ということは、母親から友子への手紙を送り返していたというのは……。
江川 母方の爺ちゃんで、これ以上、友子の心を乱すなってことで手紙を送り返していたんだろうね。友子と母親の関係が良かったのだとはいえ、なかなかあの友子のように、母の言葉を信じて「いい子になれば……」って思うことはないかもね。
栗原 友子はいろいろ努力してきた子だけど、自己肯定感でいったらめっちゃ低いですよね?
江川 低い低い。
栗原 だってプロポーズされて断わるあの感じ、だいぶこじらせてる。あまりにも自分の中にない発想だったから、その辺りがすごくもやってました、私。
江川 でも、自分の大好きなお母さんが、帰ってこない=私はいい子じゃないんだ、になって自己肯定感がどんどん低くなっていったんだろうね。
栗原 何気なく言った一言がその人の生き方になるって怖い、ですよね。
江川 それって自分たちにもない? お母さんとの会話の中とか。
栗原 それを聞こうと思ってました。
大抵は忘れられている
母のダメ出しいろいろ
江川 私は自分のお母さんとの関係は、正直いえば、よくなかったのよ。母には自分の理想が強くあって、その通りに私が生きていくことがいいことだと思っていたの。
でも尊敬できるところもあって、母は、家族のためにすること、生きることに全く苦痛を感じず、それが当たり前だと思っていて、専業主婦こそ自分の役割だと思って生きてきた人なんよね。
栗原 それがお母様の信じる道、一択なんですね。
江川 その生き方に疑問を持つことがなかった人だから私にも同じ価値観を押し付けるところはあって、例えば高校時代、私にかかってきた電話の男の子の声で相手の子をダメ出しすることなんかもあったくらい。
栗原 お母さんのモノサシで測らないでくれって思っちゃいますね。
江川 そう。だけど母の価値観はそうなのだから、途中からはそれを言って揉めるくらいなら……と思って、なんでも報告したりすることはしなくなったの。図書館に行くって言って遊びに行ったりもしてた(笑)。
栗原 冷静な自分もいたんですね。
江川 すごい冷静。短大卒業後は早いうちがいいから……ってお見合いをどんどん持ってくるわけ。
(ここから佳代さんが人生を決めていく話へ……貴重なお話なのでそれはシークレットで)
江川 結婚して娘が生まれたらとまどいの連続だったの。当たり前だよね、未経験なんだから。それまでの私は勉強も仕事も出来る方だったと思う。マニュアルがあることは大抵こなせていたけど、子育てはそうじゃないし。育児書読んでは翻弄され、育児書とかに頼るものではないと母に言われては翻弄されてという日々だったのね。そんな私を見てある時、祖母と母に「なんでも出来る子だったのにどうしたんかねー」って言われたんよね。自分たちはなんなくやってきたことなのにっていう感じで言ったの。
栗原 過ぎてしまえばなんなくやれたという記憶になっちゃうんでしょうね。時代もあるとは思いますけど。
江川 それがずっと心に残ってた。二人は本当に何気に言ったんだろうけど、そう言われたことが私の心の棘になって、私は子育て出来ない、向き合えないって思ってしまったの。
母親やお祖母ちゃんの言葉ってものすごく残るもんなんだよね。私も自己肯定感は高くはないと思う。
『ピエタ』の中で友子はお母さんのことを100%好きでいたよね。友子にとっては大切で信じていた言葉を、実は忘れていた母を彼女はよく許せたなと思った。
栗原 それにはリーさん(伊藤裕一さん)の存在が必要だったんだよね。
江川 リーさんの無償の愛があったからこそ解くことが出来たんだよね。あれが日本人でもイタリア人でもダメだったような気もする。
栗原 普通に考えたら好きでもない男(リーさん)を利用して、彼をイタリアまで連れて行くっていうのも相当ひどいよってムカムカもしていたんだけど、そうしてしまうぐらいの深くて埋められない傷だったんだろうね。
(母がのぞんだようないい子じゃないということの当てつけのために、好きでもない中国人の男を婚約者としてイタリアに連れて行く設定でした)
江川 お母さんとある意味同じようなことをしてるよね。
栗原 友子がリーさんにひどいことをしているってわかりながら取っていたあの行動はある意味、自傷行為なんですね。
信仰についてもっと深く理解している人は、このストーリー運びや思考についていけるのかもしれないですね。私はまあまあムカムカしながら見ていましたもん、どうやって着地していくのさ、って。
江川 私はそもそも友子に自分を投影していたかもしれん。
栗原 なるほど、そこが(佳代さんと私と)大きく違うところですね。さっき、親は何気なく言ったことだけど、言われたこちらは忘れられなかったことある? っていう話題になりましたけど、私がそれで思い浮かんでいた話って、佳代さんとレベルが違いすぎて今さら恥ずかしくて言えないですもん。
江川 え、何? 聞きたいよ。
栗原 小4の頃、私と父だけで初めて買い物に行く時に、春物のアウターを買う予定だったんです。母は当時流行っていた背中にロゴのついたスタジャンやフードのついたパーカーを「だらしない」ってダメ出ししてたんですよね。それがあったから、レモンイエローの麻混のジャンパーみたいなアウターを買ったんです。まあまあいいお値段だったことに驚かれて、ちょっと嫌味も言われたような。
で、それから数年後かな、母と買い物していた時に「こういうのいいじゃない!」ってロゴ入りだか、フード付きのデザインのものを手に取って言われた時に「えーっ、そういうのダラしないって言ったじゃない!!」ってリアクションしたら、「そんなこと言った?」ってすっかり忘れてた。もう私がロゴが入っている服を選べなかった時間、返して! みたいな。
でもこの一件で私は悟ったんですよね、母がその場で言ったことなんて、その場で……でしかなかったんだなと。だったらその時にこっちも思い込んで言いつけを守るみたいにしてるのは意味ない、それは不毛だと思うようになったんですよね。こういうの買おうと思うけどどう思う?って聞けばいいんだって思うようになった。
私は親にこうしろああしろとほとんど言われなかったんです。なぜ言わなかったのか聞いたら母親はとにかく私に「早く大きくなれ、早く大きくなれ」って思ってたんですって。
まあ、だからこんなに大きくなっちゃったんですけどね(爆)
(ここから栗原のませた子ども時代の話へ……貴重な話でもないけど、それはいずれまた)
感動ポイントも泣くタイミングも人それぞれ
舞台って人生の縮図だから
江川 栗ちゃんは自分で悟ったと言ってたけど、満たされない何かを埋めたり、補完するには、『ピエタ』の中のリーさんみたいな人がいれば大丈夫ってことなんだよね。
栗原 ですね。リーさんほどの無償の愛をくれるアンジェロじゃなくても、寄り添ってくれる人がいれば辻褄を合わせることは出来るって思う。
江川 ほんまにそれぞれじゃん。今、二人で話している感想もそうだし、お客さんが泣くタイミングとかも。結局それぞれの体験で反応したり、感動したり、泣いたり。それぞれで違うから面白いんだね。
栗原 それをあとで(こうして)シェアするからより面白い。全然響かないところで響く人もいれば、その逆もあるし。同じタイミングでそうそう!ってなることもあるし。
江川 それって整理収納なんよね。
栗原 そう、感情も全部出しして、わけて。
江川 なんでこれが捨てられないと思うのかとか、どうして片付けられないかって本人はわからなかったり気づいてないことがある。こういう風に一つのものを見てその人のバックボーンとか価値観が見えてくると、だからあの人は捨てられなかったんだ……とか気づくことができる。そういう話に気づいてあげられることってすごく大事だよね。
栗原 シンプルを突き詰めたり、テクニックがあることだけじゃ解決できないことのほうが……、多い。
江川 多い!
(ここからしばし整理収納アドバイザーの在り方論のディープなところに入っていきました……)
栗原 ところで佳代さんは若い頃、東京に来た際にミュージカルを観に行っていたと言われてましたが、初めて観た作品、覚えていますか?
江川 初めて観たのは劇団四季の『クレイジー・フォー・ユー』。こんなきらびやかな世界があるんだーって思った。日生劇場とかにも行きましたね。
栗原 今回、佳代さんからオファーをもらってエンタメ・整理収納ブレンダーとして腕が鳴りました。いろいろ気になる作品はあるんですが、日にちもピンポイントな中で、数ある上演作品の中からこのミュージカル『ピエタ』を選んだのは、この作品が娘と母の物語であるから。佳代さんには娘さんがいらっしゃるから、きっと何かしらの思いに向き合えるはず……と思ったんです。
作品を観るまでは私も内容がわからないからドキドキなんですけどね。
江川 私のためにわざわざ時間使って選んでもらうなんて申し訳ないかなとも思ったんだけど……。
栗原 申し訳ない病、ダメです。私、大人なので無理だったら無理って言いますから(笑)。江川 そうだよね、お願いしてよかった!
栗原 私も見逃してしまっていたかもしれない作品なので機会をいただけて良かったです。今回出演されていた梅田彩佳さんはミュージカル『GREY』、伊藤裕一さんは舞台『アーモンド』と、過去にパンフレット編集を担当させていただいた作品に出演されていたこともあったので、そういうご縁も感じました。
さらに今作の脚本・作詞はミュージカル『SERI』の脚本・作詞を担当された高橋亜子さんです。佳代さんも『SERI』を広島の映画館での特別上映でご覧くださったんですよね。
江川 見た見た。あの時は私より夫の方が涙ぐしょぐしょだったんよ。
栗原 高橋亜子さん、訳詞も含めてたくさんの作品を手掛けられているので、またご縁があると思います! 今作の原作、浅田次郎さんの「ピエタ」も読んでみようかなぁ。
江川 今回、ハンカチぐしょぐしょになるくらい泣いちゃったけど、なんでそんなに泣けたんだろう、ツボはどこだったの? って振り返って考えるのも楽しいね。そうやって俯瞰できる力があると人生はもっと楽しくなる気がするんよね。
自分の過去と照らし合わせて重いーって思ってたけど、その中でミュージカルらしい楽しい歌とかダンスのシーンがあったからスルーできたというか、見続けることが出来た感じだったなぁ。
栗原 ミュージカルならではですよね。舞台って人生の縮図でもあるよなぁーって思いません?
江川 そうだねー、人生だ!!
栗原 舞台の楽しみ方はいろいろですし、オススメするのはドキドキもするけれど、たくさん感じて、たくさんシェアできて嬉しかったです。ありがとうございました!
江川 また東京に来る予定に合わせて相談させてね。
栗原 もちろんです。
2023年5月18日(木)~5月24日(水)
俳優座劇場
原作/浅田次郎「ピエタ」(『月のしずく』所収 文春文庫刊)
脚本・作詞/高橋亜子
演出/渋谷真紀子
音楽/田中和音、小澤時史
出演/梅田彩佳、高泉淳子、伊藤裕一、神田恭平、畑中洋、戸張柚 ほか