ドラマの中には暮らしや整理収納のヒントがあふれている。
あのテレビドラマのシーンから整理収納のプロが分析・解説する!?
ちょっとニッチなドラマレビュー。
小さなころからテレビドラマが大好きです。
妄想癖がある私は画面を見ながら自由自在に思いを巡らせていました。
整理収納アドバイザーになってからはそのシーンや内容は「整理収納」とリンクしても楽しめるようになりました。
今回取り上げたドラマは藤竜也さん主演の「魯山人のかまど」 です。
食と美の巨人と言われた北大路魯山人(藤竜也)。世間では傍若無人で身勝手と言われていたが、彼が開いた星岡茶寮という料亭では連日政財界の大物が訪れ、その会員になることが
ステータスともいわれていた。自ら作成した器やその料理は豪胆かつ繊細で唯一無二の芸術
と言われる。
物語は星岡茶寮から退き、鎌倉で静かに過ごす魯山人の元に口述筆記するため、雑誌記者の
田ノ上ヨネ子(古川琴音)が訪れるところから始まる。
まっすぐな物言いと美を見抜く素質に気づいた魯山人は彼女を気に入り、吉田首相の別荘で
の料理を手伝いに来ないかと誘う。その献立のメインは鮎で、ヨネ子の手伝いとはなんとその鮎を京都から別荘のある大磯まで最高の状態で運ぶことだったのだが……。
人間、北大路魯山人とは、食とは美とは。若い記者の目からその秘密を紐解く。
私が作ってあなたが食べる
魯山人が吉田茂に献立の紙を見せるとその字を見た吉田が「字には己の全てが現れる」とい
う場面があります。魯山人は「料理も同じで己以上のモノはできない」と言います。
「私が作ってあなたが食べる」は魯山人がヨネ子にいう言葉です。当たり前の事を言っていますが、全てに通じることだなあと感じ入りました。 自分から発せられる全ては字も食も言葉も動作も己が現れます。私という人間が作った料理にはそれまで生きてきた私の経験や知見、美意識すべてが詰まったものです。それをあなたという人間がどう食べてどう感じるのか。作る人と食べる人との勝負であり、コミュニケーションであると思わされる場面です。
己が現れるとは何とも私のような歳になるとドキッとする言葉です。
好きであればこそ
魯山人は幼少のころから食に対して深い興味があったようです。好きであればより美味しい
モノを美味しく食べたいと思うものですからいろいろと工夫し、自然と腕を上げていきます。
大人になり、好きな食材が手に入り、思う存分料理ができるようになると、今度は料理に合う器を自ら作るようになります。あくなき食への探求心の源は、好きであるということが根底にあるようです。その行きつくところが「今日の料理は私が作ったのではなく自然の育んだものを美味しくいただいただけ」という言葉になっていくのです。奇跡のような自然が育んだ美味しいモノは美味しいタイミングで美味しく調理してこそ最高に美味しい料理となるということで、自然への畏敬の念を感じます。
春になり筍や菜の花、春キャベツなど季節を感じる野菜がスーパーの店頭に並ぶようになりました。先日フキノトウの天ぷらをした時、その閉じ込められていた春の苦みが身体にフワッと沁みわたり、ちょっと面倒だったけれど天ぷらにしてよかったなあと思いました。魯山人ほどではないですが、私もかなりの食いしん坊です。己の現れる一皿の料理を作るべく、美味しい食材が手に入った時は旬を逃さず調理できるのが理想です。そのためには、すぐに調理に取り掛かれるキッチンであることが大切です。 スッキリとした作業スペースとすぐに取り出せる調理器具があれば、鼻歌交じりに調理に取り掛かれます。そしてもう一つは食材の在庫の管理ができていることもポイントです。てんぷら粉はあったかな?鰹節は?と思ったときに一目で在庫がわかれば、メニュー決めもスムーズ、二度買いも防げます。 美味しい料理が出来たら、より美味しく見えることを意識した器選びも楽しみたいものです。 選びやすい量や配置の工夫も好きな「食」の事であれば得意の妄想全開で苦になりません。
さて、ドラマでの和室の美しさと色の使い方が印象深い事も一言添えておきたいところです。
障子の桟、机、座布団、畳みの縁などがまっすぐに揃っていると大変気持ちが良い画になっています。モノがまっすぐ置かれている様はそれだけで整った印象があり気持ちも整います。
そして赤の使い方がとても素敵です。毛氈、棚、ヨネ子のバッグ、スカートのチェックの一色、筆入れ、お弁当箱、湯飲み、そしてかまどの火。小津安二郎監督のような赤の使い方はとっても好みでワクワクします。
作り手の方々の細部までのこだわりもきっと「好きであればこそ」なのかな?
22時からの放送はお腹が空くこと必至ですが、春の夜に是非お勧めしたいドラマです。
文・みのわ香波

