拝啓、ステージの神様。 PR

6人が演じる意味と力『東京ローズ』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

ミュージカル『東京ローズ』は日系二世のアイバ・トグリが自分を殺さず生き抜いた話。
彼女がたどった人生は第二次世界大戦によって、大きく歪まされた。
知らなくていいはずがない、戦争がいろいろなものを奪うことを、改めて知らされながら、知らなくていいはずがないと思った。

舞台に出演するのは6人。アイバ・トグリを演じるのはその6人だ。
パンフレットにはAアイバ、Bアイバ~~Fアイバと役名が書かれている。
第二次世界大戦が開戦した1941年、25歳のアイバから、晩年までを6人が演じ繋いでいくのだ。
6人はアイバのほかにさまざまな役を複数演じる。アイバの父や叔母、弁護士や裁判長など。
そしてアイバを演じる時は、共通の衣裳と髪型にして出てくるので、混乱はない。
ちなみにその出で立ちは、1946年に彼女が巣鴨プリズンに拘留された時の写真に合わせていたようだ。

通りすがりに目にした感想の中に、「一人の役者が演じるのではダメだったのだろうか、感情移入がしにくかったので」とあった。
実際、この『東京ローズ』をという作品が生まれたバーント・レモン・シアターでは、アイバ・トグリは一人の役者が演じたそうだから、それもありなのだろう。
でも、あえて言いたい。
いや、一人の役者が演じるのではダメだ。感情移入して、アイバは大変な目にあった被害者だ、だから戦争はよくないんだよ……ではやはりダメだ。
代わる代わるアイバになることで、誰もがアイバになったかもしれない恐ろしさを思ったし、
年月を経て、彼女を取り巻く環境が変わったとしても、このアイバに起こった出来事をなかったことには出来ない。
どんな状況であってもアイバはアイバであったということを
この6人が演じることで私たちに知らしめるのだから。
そんな風に私は、6人が演じる意味を受け取った。

アイバは裁判の末に、アメリカ国籍を剥奪される。
それ以前に、生まれた時に得ていた日本国籍は親が手放していたから、アイバは無国籍になった期間がある。

つい先日、無戸籍の女性が主人公の映画『市子』を観たばかりだ。
想像もつかない立場に、自分の意思とは関係なく立たされる人がいることを知る日々。

NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』も思い出した。山崎豊子さんの『二つの祖国』が原作。子どもだった私は、運命に翻弄されながらも、己のアイデンティティと向き合う松本幸四郎(現 松本白鸚)演じる兄・天羽賢治と、西田敏行演じる弟・天羽忠の日々を一年間見続けた。

意味はよくわかっていなかったろうし、ドラマの内容について家族に教えてもらったり話したことはなかったが、子どもながらに思うところがあったはずだ。
事実、『東京ローズ』を観て、私はそれを思い出したのだから。

飯野めぐみさんの佇まいが良かった。
鈴木瑛美子さんの深く低く声が素晴らしかった。
森加織さんのまっすぐな瞳が強かった。
シルビア・グラブさんの歌声が静かに叫んでいた。
山本咲希さんの懸命さが明るさに続いていた。
原田真絢さんのダイナミックさが瞳をそらさずいさせた。

「戦争はいけません」そんな当たり前のことを感想としてつぶやいていいのかと迷う人がいたら、『東京ローズ』の話をしたい。他の作品でももちろんいい。
「戦争はいけません。仕方がなかったなどと言ってはいけません」

『東京ローズ』のアイバ・トグリはそれを口にはしなかったけれど、私はそれを強く強く強く彼女たちの歌声から受け取った。

パンフレットは800円。メインビュアルのローズが美しいけれど作品を観た後は、アイバ・トグリを知った後は美しいとだけでは表現できなくなる。
拝啓、ステージの神様。
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