拝啓、ステージの神様。 PR

舞台『あのよこのよ』をさしずめで考えてみた

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ少し含みます

舞台『あのよこのよ』が4月8日にPARCO劇場にて開幕。それが東京の桜が満開のこの時期であったことは、なんと素敵な作品力だろうと思う。
もちろん、4月は桜の季節だ。けれど今年でなければ満開の時期とはズレていたかもしれない。作品力とは、出演者をはじめ関わるすべての人、そして観る人が導き出す力なのだと思いたい。
なぜ桜かといえば、それはこの舞台を観た人にはわかる。

舞台『あのよこのよ』は、作・演出 青木豪さんによるオリジナル作品。
オリジナルってシンプルな5文字だけれど、考えれば考えるほどすごい5文字だ。
検索をかければ結果が音声で読み上げられたりする現在、オリジナルのものを見つけることのほうがたぶん難しい。
そんな桜のことや、すごい5文字のことを思いながら舞台『あのよこのよ』を観た。

時は明治初期。それまでの世の中から新しい世の中へ時代は転換していくタイミング。
ワクワクしている人もいれば、どうしよう、自分は置いて行かれてはしないかと迷う人もきっといたに違いない時代。
この物語の主人公・刺爪秋斎は浮世絵師だ。さしづめしゅうさい、この名が何から来ているのかはここでは横に置いて、文字は異なるが同じ響きの「さしずめ」という副詞を頭に浮かべた。
さしずめ…①あえて、ならば。
②いちばんありうるのは。いちばん、ふさわしい例をあげるなら。
③さしあたり。とりあえず(三省堂国語辞典 第八版より)

なんだかおもしろい。この「さしずめ」を軸に、『あのよこのよ』の登場人物とそれを演じるキャストに注目したい。

浮世絵師 刺爪秋斎。演じるのは安田章大さん。安田さんに当て書きされたオリジナル作品だけに、まさに!と感じる人が多い気がするが、まさか!と感じる人もいるかもしれない。
私には秋斎は衝動に正直な男である一方、クリエイターとして自分はこの先どう生きていくべきかと冷静に俯瞰しているような人に見えた。
それは私が観劇した日のとあるシーンで、より強く思ったことだった。
激しい殺陣のシーンが何度もあるなかで、秋斎の草履が片方脱げてしまった場面があった。
こちらが一瞬ハラッとしたのだが、とんでもなく冷静にその草履は彼の右足におさまったのだ。格好良かった。そして、この物語に生きる秋斎は、「さしずめ勇み足」であって、その実、とんでもなく冷静な表現者なのだろうと思った。
もちろんお稽古の賜物でもあるに違いない。

その秋斎の弟、喜三郎を演じるのは大窪人衛さん。とにかく兄思い。彼が「兄ちゃん」と口にするのを聞くと、簪職人としてお客様を前にしたとしても「うちの兄ちゃんがですね……」と聞かれてもいないのにおしゃべりしちゃうような場面を想像してしまう。
さしずめしっかりもの、その実、甘えん坊、そんな感じがぴったりきた。

舞台にはもう一組の家族が登場する。
居酒屋の店主、又一郎を演じるのは村木仁さん。歩く愛嬌、頼りなさそうに見えて、その実、愛が深い人。
そう強く感じたのは、又一郎の息子、又蔵の存在。演じるのは三浦拓真さん。
互いにブリブリ、ブツクサ文句を言ってたとしたって、「何があったってお前が決めたことなら好きにすればいいさ」なんて父は息子に言いそうだ。「まあ、俺はどうなっても知らねえけどな」なんて付け加えちゃうのもまた愛という感じで。

その又蔵の叔母にあたるのが又一郎の妹・フサ。演じるのは池谷のぶえさん。
舞台の上のフサさんは気風がよくて、ある人に対してはちょっとイラついているようにも見える。でもその実、たくさん泣いた人。そんな風に見えた。
それは、物語の終盤にフサさんが吐く台詞がどんでもなく沁みているからだ。例えるなら高野豆腐。噛んだ時にジュワ―っときて、初めてその人が抱えていたこととか心根が外に沁みだしてくる感じ。
フサさんが秋斎さんに伝える言葉を聞いて、私は勝手に認知症の義母を思って泣けてしまった。認知症になるよりならなかった人生の方が一般的には幸せなのだろう。
でも、案外そうなった今の方が本人は幸せかもしれない……と。そう言ってもらえた気がして勝手に家族であるこちらが救われた。

その高野豆腐感は、又一郎、フサの父・ロクにも感じた。演じるのは市川しんぺーさん。
笑わせておいて、自分は泣いている道化のようだし、自分が納得するまでは何もあきらめない信念の人でもあるに違いない、なんて思うのは、ちょっと憧れの父親像に近づけようとしすぎだろうか。でも、そんな風に想像したくなるロクにロックオンされた人は多いだろう。
シャレにもなっていなくてスミマセン。

秋斎兄弟、又一郎兄妹が関わることになり、物語をぐわんと動かすのがミツと勘太。演じるのは潤花さんと落合モトキさん。
二人の正体は訳ありすぎて、ネタバレすぎるから、何も書きたくないけれど、この二人こそ、さしずめ〇〇……と想像したくなる人物だ。
物語からグワンと遠ざけて、二人を設定とはまったく違う職業で想像してみたら、なんでも出来そうでおもしろい。旅館のおかみと番頭さんとか、学校の先生と生徒とか?、いや、なんかちょっと禁断の……みたいになりすぎてそれは変か。
でも、歴史上の誰かと誰かだったみたいなロマンに当てはめて想像したりしたくなるのは、
やっぱり『あのよこのよ』を観て、その結末を観たからに違いなく。

秋斎とは敵対する存在、邏卒の山路。演じるのは中村梅雀さん。笑いながら怒る人が一番怖いみたいに、優しいお顔で、あんなことやこんなことをしてしまう梅雀さんが一番怖い。
そして悪者はどこまでも悪者でいてくれよと、なぜか願いながら見てしまうのは、表と裏は反対から見たら裏が表になることを、私たちは知っているからかもしれない。

そんな風に余計に思ってしまうのは、鯖上という男の存在だ。演じるのは南誉士広さん。
この世の中で一番多いタイプ、なのかもしれないと、舞台を観終わった今なら思う。
いやいやいや、もちろん設定がということではなくて、鯖上みたいな役回りをさせたりさせられたりする人が、昔の世も今の世も一番多いのかもしれないという意味だ。
鯖上の最後は時代劇みたいだし、西部劇みたいだった。

舞台『あのよこのよ』は、さしずめ漢方薬だ。
観終わってすぐに元気になるとか、すぐに痛みが緩和するとか、そういう感じよりも、治る期間も人によってまちまちで、飲み続けると実は治っているみたいな。
体や心になんか優しい感じが間違いなくて、でも飲むときはちょっとクセがある感じも。


公演パンフレットの編集・取材
を担当させていただきました。

PARCO STAGE SHOPからお求めいただけます。


拝啓、ステージの神様。
↑過去記事はコチラから

※当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。