誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。
第一回のアンフォゲ飯を語ってくれたのは、片づけヘルパーの永井美穂さんです。
-- 永井さんのアンフォゲ飯はおばあ様の味だそうですね。
永井 母方の祖母が作ってくれた串カツが忘れられないんです。おばあちゃんは細かいことは気にしないマイペースな人でした。漬物を切れば、タラーッと繋がっていたりして(笑)。そんなおばあちゃんは歳が結構離れたおじいちゃんを、最後までとても献身的に支え抜いた人でした。でもね、おじいちゃんが亡くなってからは、ふわーっと羽根が生えたんだよね。
-- 解放された感じということですか?
永井 おじいちゃんは明治生まれの厳しい人で、お正月とか皆が集まる場では、おじいちゃんが「いただきます」というまで皆は食べられない、みたいな昔ながらの決め事を守らせる人でした。だからファストフードなんて食べてはいけない……みたいな教えだったんだけど、おじいちゃんが亡くなった後のおばあちゃんは「コーラとハンバーガーを食べたのよ」なんて嬉しそうに報告してくれたりすることもあって。まさに羽根が生えたという感じだったのをとてもよく覚えてます。
-- 新鮮に感じたのでしょうね。おばあ様のお料理はよく召し上がっていたんですか?
永井 おばあちゃんは本当に料理が苦手な人だったの。でも人が集まるとなると作ってくれたのが串カツ。40~50本くらいはいつも揚げてくれてましたね。名古屋なので、味噌カツです。そのおばあちゃんが揚げてくれた串カツが、私の母も叔母も私たち孫も大好きだった。
50本も揚げるから皆、手伝ってはいたのだけど、不思議なのは誰もあの味を再現できなかったこと。
-- 味噌カツの味噌ダレも手作りなんですか?
永井 そうそう、昔は既製品のタレなんてなかったからね。八丁味噌と砂糖とみりんとお酒を入れてたんじゃないかなぁ。甘くておいしいタレなの。
-- 串カツといえば、肉……なんですよね?
永井 牛肉。名古屋は牛肉で、とにかく全部牛肉です。
-- 野菜と肉が交互に串に刺さっているとかではなく、牛肉オンリーなんですか?
永井 そう。私はむしろ串カツは牛以外ないと思ってたんだよね。
-- 牛肉のサイズってどれくらいですか?
永井 しゃぶしゃぶ用みたいな薄切りの牛肉を、串に波型というか、こよりみたいにして刺してあるの。
あれは一串に一枚の牛肉を使っていたと思う。
-- なるほど、それなら軽くペロッと食べちゃいそうですね。
永井 そうなの。それにパン粉が軽くついているからすごく軽くて食べやすかった。豚のブロック肉が使われた串カツを知ったのは東京に来てから。あれをイメージすると50本って本数に驚くかもしれないけれど、薄切りの肉を使った串カツだから、子どもでも軽く食べられたんだよね。
-- そのおばあ様の味を引き継いだ方は?
永井 それがいないんだよね。料理はあまり得意じゃなかったおばあちゃんに育てられているから、叔母は「私は料理上手になりたい」って思ったみたいで、とても料理上手なの。でもその叔母でもおばあちゃんのあの串カツは何故か再現できない。手伝っていたのにだよ。不思議なんだよね。
ある時、叔母がおばあちゃんに、自分たちが作ったものとの味の違いを聞いた時は、「うちは安いお肉使っているからよ。あんたいい肉使ってるんじゃないの?」って言ってたなぁ。
-- 粋ですねぇ。
永井 叔母が親戚の集まりの時に串カツを作ってふるまったんだけど、全員が「違う」ってなったこともあった。その串カツ自体は美味しいんだけど、おばあちゃんの味とは違う……って。謎なんだよね。もしかしたら、料理にあまり興味がない私のほうが、おばあちゃんの作り方を真剣に聞いて一生懸命覚えて作ってたらうまく作れたのかもしれない、なんて(笑)。
-- おばあ様とのその他の思い出も少し教えてください。
永井 初孫だったからすごい可愛がられたよね。でも従弟が出来たら「あれ、私のこと忘れてる?」っていうくらい従弟に興味が移っちゃった。おもちゃをたくさん買い与えていたのを見て、すごくうらやましくて。でもね、それはおじいちゃん、おばあちゃんが歳を取って体力がなくなってきたからだったんだよね。親には「あなたはたくさん旅行に連れて行ってもらったじゃない」と言われたけど、まあ、子どもの頃は旅行よりおもちゃのほうが羨ましく思うのは仕方ないよね。
-- 今になれば、旅行の思い出のほうが貴重とわかりますね。おばあ様の味、串カツ以外にもなにかありますか?
永井 私が小学3年生の頃に母が手術をして1カ月ほど入院したことがあって、私はおじいちゃんおばあちゃんのところに預けられていたのね。私の学校はお弁当持参だったので、その間はおばあちゃんがお弁当を作ってくれることになって。ごはんの真ん中に梅干しが1個あって、おかずがウインナーと何か1品くらいしかなくて、しかもお弁当箱を新聞紙で包んでいたんだよね。それが恥ずかしくて恥ずかしくて……。今思えば、冷めないように包んでくれていたのかなぁ。家に忘れておじいちゃんが届けてくれたこともあって、それはそれで恥ずかしかったなぁ。
私の講座でもお伝えしているんだけど、私が介護士になったのは祖父の死がきっかけだったから、今回、この串カツでおじいちゃん、おばあちゃんのことを思い出して、介護の原点を見たような気がします。
-- 私も今、義母に作り置きおかずを作ったりすることもあるんですが、どういう味つけなら食べてくれるんだろうと、試行錯誤しています。結局とうもろこしとかさつまいもとか、そのままのものを好んで食べるんですよね。おそらく、昔から慣れ親しんでいるものがいいということなのでしょうけど。
永井 工夫されていないご飯が好きだよね。デイサービスで「鮭の梅肉ソースがけ」なんてメニューがあったのを仕事で検食したことがあるけれど、ほとんどのお年寄りはその梅肉ソースを避けて食べるんだよね(笑)。普通の塩鮭が食べたいんだって。昔食べた味に戻っていくよね、シンプルに削ぎ落されていく感じかな。
味もそうだけど、昔どんな生活をしていたかって、今の自分の基になっていることだから、それを知ること、聞くことって大事だよね。片づけヘルパーとしての現場でもお年寄りから昔の話を聞くことで、どんな暮らしをしたいのかが見えてくるので、何気ない昔話でも貴重な手がかりになりますよ。
-- 思い出の味も、キーワードになりそうですね。今回は、素敵な思い出の味を教えていただきありがとうございました。牛串カツ、食べたくなりました。
イラスト/Miho Nagai