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枯れてこそ俊寛_錦秋十月大歌舞伎

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。

今月の一番の楽しみは、昼の部「一、平家女護島 俊寛(へいけにょごのしま しゅんかん)」です。二世中村吉右衛門さんが得意にしていた演目です。九月の「秀山祭」でやらないのかと残念に思っていましたが、「錦秋十月大歌舞伎」で観ることができました。

初めてこの演目を観たのは、2018年9月の歌舞伎座で、俊寛を演じられたのは、二世中村吉右衛門さんでした。吉右衛門さんの役への入り方、例えば食うや食わずの中、島流しになった仲間の祝言に喜ぶ姿や、自分だけ赦免されない平清盛の冷酷な仕打ち、都で待ってるはずの女房が俊寛に操を立てて平清盛の申出を断り、手打ちにされこの世にいないことを知った悲しみを演じるのを拝見し、今までで一番お芝居に集中したというか「魂を揺さぶられた」という体験をさせてもらった演目でした。

今回俊寛を演じるのは、吉右衛門さんの娘さんのご伴侶である尾上菊之助さんです。この演目で吉右衛門さんと一緒の舞台に数回立っているので、実際の舞台上で感じること、受け取ることがたくさんあっただろうなと、それが今回の舞台に非常に役立っているのではないかと期待していました。

この演目の一番の見どころは、俊寛の喜びや悲しみの感情の変化とその表現ではないかと思います。
鬼界ケ島に配流となった俊寛僧都(尾上菊之助)は、普段は食べるものにも困っています。山で硫黄を採って港に持っていき魚と交換してもらったり、海藻をとって食べたりしています。俊寛の登場シーンにそれが表れています。杖をつかないと歩けず、ヨロヨロと倒れてしまいます。
同じく島流しにされた丹波少将成経(中村萬太郎)と平判官康頼(中村吉之丞)が、島で知り合った海女の千鳥(上村吉太朗)を紹介しに俊寛を訪れ、祝言をあげる場面で舞を踊りますが、まともに食事をとってないため途中で倒れてしまいます。その時の笑い声も都からはるか遠くに島流しになってる絶望的な状況の中のため、どこか哀しみを含んだ乾いた笑い声です。笑い声の最後に憂いを含んだ表情を見せていたので、すごいと感じました。

そこへ大赦のため都へ連れ帰るための船が到着します。悪役登場です。
中村又五郎さん演じる瀬尾太郎兼康と、中村歌六さん演じる丹座衛門尉基康です。瀬尾太郎兼康は赤っ面の悪役で、命令に忠実すぎるがゆえに冷酷で人情味のない行動をとります。「安っぽい悪役になってはいけない」と生前の吉右衛門さんに教わったとのことらしく、最後までその姿勢を貫きます。ただ命令に忠実なだけなのに、それが冷酷非情に見える又五郎さんに感心いたしました。

都の事情で大赦が出て、俊寛にも備前まで船に乗ってよい赦しが出ます。丹波少将成経は、島の海女である千鳥とともに、都へ行くことを望みますが、船に乗せてもらえません。なぜなら、船に乗せてよい人物の中に、千鳥の名前は無いからです。丹座衛門尉基康は、乗せてやったらどうかみたいな感じですが、命令に忠実?冷酷非情?な瀬尾太郎は、取り合いません。

足蹴にして、船に乗せられた成経、康頼、俊寛。一人島に取り残される千鳥は、悲嘆にくれ、有名な「口説き」の場面になります。それを聞いた俊寛が船の中から、飛び出てきます。瀬尾に対して、千鳥も一緒に乗せてくれと懇願しますが、全く受け付けません。

さらに絶望は続きます。都に残した俊寛の妻の東屋が、平清盛の情けを受けることを拒否した上で、斬り捨てて命を奪ったのは自分だと瀬尾太郎から聞かされたのです。
この時の、又五郎さんの嫌味たっぷりで、高圧的、役人的な憎たらしい演技が素晴らしいです。俊寛の待つ悲惨な運命に繋がる重要なシーンですので、見応えたっぷりでした。

都に戻っても妻はいない、妻を切り捨てた瀬尾が憎い、千鳥を丹波少将成経と一緒に行かせたいなど、いろいろな感情、考えが交錯し、俊寛は瀬尾太郎に襲い掛かり、斬ってしまいます。丹座衛門尉基康が「止めはさすな」というのも聞かず絶命させます。

絶望のどん底から、狂ったように瀬尾に襲い掛かっていく、感情が変化する菊之助さんの演技に見入ってしまいました。

瀬尾を殺したことで、罪人となったから、自分は島に残って、自分の代わりに千鳥を乗せて、一応3名連れ帰る体裁は整えたうえで、船を出航させます。

最後、船を見送るシーンはこの演目の最大の見どころです。かなり長い時間をかけて、港から出ていく船を見送ります。船が遠くに行ってしまうと岩の上に上がって力強く「おーい」と呼びかけます。
この演目の最大の見どころでもある、舞台が回転して俊寛が上った岩が最前列の真ん中に来る場面。船が見えなくなるまでずっと「おーい」と呼びかけ続けて感動のラストとなります。
力強く「おーい」と呼びかけ続ける演技に拍手喝采で終了しました。とてもおもしろかったです。

私が、初めて観たとても印象深かった二世中村吉右衛門さんの俊寛。
今回の菊之助さんの演技プランとの違いは、まず俊寛のおかれている状況です。最初の登場のところで触れましたが、基本的に長い間、食うや食わずで、海藻を食べたり、硫黄を採って魚と交換したりで、杖を突かないとまともに歩けない、足元が及ばず転んでしまうような状況です。その上、そういう状態で、瀬尾太郎兼康を討ち果たすため、渾身の力を使ってしまった後なので、吉右衛門さんは「おーい」と力強く呼びかけたりしなかったです。船に手を振るのも、弱々しく振っていました。全般的に、「枯れた」感じでありつつ、表情や目の輝きで、一人だけ残された哀しみ、寂しさ、孤独を表現し、観客の心に訴えてくる名演技でした。

その次に俊寛を見たのは、2019年1月、海老蔵時代の市川團十郎さんが俊寛を演じた舞台でした。他の役者さん以上に体を鍛えている團十郎さんですので、とにかく芝居がエネルギッシュ。最後のシーンでは、代謝が良すぎて多量の発汗で、枯れた感じがまるで感じられませんでした。枯れるどころか泳いで島から出るくらい力強い印象でした。

今回の菊之助さんは、前回は成経役で出ていらっしゃいました。今回は初役で俊寛を演じたわけです。まだお若い菊之助さんに注文するのもなんですが、次回はもう少し「枯れ感」を出してくれないかなぁ、などと思ってしまいました。スミマセン、何せ吉右衛門さんのあの枯れた俊寛が忘れられないので。

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文・片岡巳左衛門

47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、仁左衛門丈の悪役と田中傳左衛門さんの鼓の音色。