歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。
二月の歌舞伎座は「猿若祭二月大歌舞伎」。今回は、夜の部の観劇です。
一番の楽しみは、最初の演目「一、壇ノ浦兜軍記 阿古屋(だんのうらかぶとぐんき あこや)」です。
少し前、体力が持たないから、大劇場への出演を止めるかも? といった趣旨のご発言をされた坂東玉三郎さんが、歌舞伎座でこの演目を演じられると聞き、ぜひ観たいと思いました。
何故観たいのか、それは、坂東玉三郎が演じる傾城、遊君 阿古屋が素晴らしいからに他なりません。
傾城とは、吉原の女性の中でも「一度顧れば城が傾き、二度顧れば国が傾く」と言われるほどの絶世の美女で、単なる遊女とは違い、美貌と教養、気品も兼ね備えています。君主が政を忘れて夢中になってしまう程。実際には傾城がどういうものか、わからないのですが、坂東玉三郎さんが演じている姿を拝見すると「これが傾城なのか」と、納得させられてしまいます。だから、観たいんです。
このお話は、源平合戦で敗れた平家側の武将、悪七兵衛景清が、源頼朝の命を狙っているのを知り、その行方を突き止めるため、景清の恋人である阿古屋を拷問する場面を描いています。まずは、花道からの登場シーンが見ものです。捕手たちに囲まれながら登場しますが、途中で立ち止まって振り返るだけで、キメキメのポーズ。とてもカッコいいんです。
阿古屋を裁くのは、尾上菊之助さん演じる秩父庄司重忠と中村種之助さん演じる岩永左衛門致連の二人です。重忠は、音楽にも通じた教養ある人物で、公平な裁きをする人物。
対して岩永は、赤っ面の敵役で、人形ぶりで演じられます。人形ぶりとは、簡単にいうと、動きは、ものまねのコロッケさんのロボ五木のごとく、浄瑠璃に合わせて、後見が釣り人形を動かしているかのように動きます。目を瞼の上に書いたり、まゆ毛を後見が動かしたり滑稽で笑いが起きます。
この演目で最も注目されるのは、琴、三味線、胡弓の三種類の楽器を演奏する場面です。
これは力ずくの拷問をしても口を割らないであろう阿古屋に対し、三種の楽器を演奏させ、その音を聞いて、心が動揺していないか、本当は景清の行方を知っているのに知らないといっているのではないか吟味しようという、音楽にも造詣の深い重忠ならではの責め方なのです。別名琴責めというのだとか。
玉三郎さんは、楽器を演奏しながら、唄も歌います。また、三味線では、最大4人の三味線とともに演奏します。ただ、演奏できればいいというわけではなく、恋人の景清の行方を審議する場面で恋人を守るために、少しも疑いをかけられないよう、傾城としての見事な演奏、振る舞いをしなければなりません。
坂東玉三郎さんの見事な演奏だけでなく、三味線の方々も、ユニゾンの演奏になるところが見ものです。舞台上では、玉三郎さんと三味線の方々とは20mくらいは離れていますが、玉三郎さんと息を合わせている表情は、とても緊張感があって感激いたしました。三階席からオペラグラスではっきり確認しております。
胡弓の演奏も終わったところで、演奏に圧倒されてしまっていたことに気づきました。それはきっと、阿古屋という役が、坂東玉三郎さんと同一化しているからだと思います。ただ楽器が弾ける、唄が歌えるだけではない、何かがあるんだと思います。素晴らしかったです。
夜の部最後の演目は、「三、人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」です。落語をもとに、十八世中村勘三郎さんも主役の長兵衛を演じた中村屋に縁のある演目です。2023年10月には、中村獅童さん、寺島しのぶさんの共演でも話題になった演目です。

もともとが落語ですので、登場人物のキャラが立っています。
左官の腕はいいのに酒や博打が好きな長兵衛(中村勘九郎)、娘のお久(中村勘太郎)がかわいくて長兵衛と別れないお兼(中村七之助)、貧乏が原因で不仲な両親を助けたい一心で吉原に身売りしようとする娘のお久、身売りにきたお久の話を聞いて手を差し伸べてやる吉原の角海老の女房お駒(中村萬壽)。
長兵衛はお駒の申し出で借金を整理するために借りた50両を、店の金を失くして身投げしようとする文七(中村鶴松)に渡してしまいます。その後、文七が50両を失くしたのが勘違いだとわかり……最後はお久が文七に嫁入りするという、ストーリーを追うだけでも楽しい演目です。
中村屋ということで、芝居の合間合間に、ものすごく笑わせる、面白い演出が多々ありました。普段はきれいな赤姫役が多い中村七之助さんも、今回は、江戸っ子の職人の嫁ということで、発声も低くしていたり、長兵衛と大喧嘩をしたり。屏風から顔を出す場面なんて、おかしくておかしくて。
お久役は中村勘九郎さんの長男、中村勘太郎さんが演じました。本当の親子で、親子役をやるのですからたまりません。ハッピーエンドの大変いいお話でした。
