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右近・壱太郎・隼人らの活躍が嬉しい_壽 初春大歌舞伎 その弐

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。

歌舞伎座昼の部につづき、夜の部の作品もご紹介します。
夜の部には、修学旅行の
学生も来場していて、歌舞伎を観慣れている方も、新作歌舞伎を目当てに初めて来た方も開場前にたくさん集まっていました。(歩道に人が溢れていて、係の方が一生懸命声がけしていました。)

「壽 初春大歌舞伎」 夜の部は、古典の名作「熊谷陣屋」、舞踊の名作「二人椀久」、新作「大富豪同心」とバラエティに富んだ構成です。

まず最初の演目は、「一谷嫩軍記 一、熊谷陣屋(いちのたにふたばぐんき くまがいじんや)」です。「嫩」の字は「わかい」と本来読みますが、表題は「ふたば」と呼びます。
16歳の二人の青年が、物語の中心になるからです。後白河法皇の落胤 平敦盛と熊谷直実の息子 小次郎、ともに16
歳です。
舞台は、熊谷直実の陣屋、いわゆる戦場の前線基地で、陣屋の脇に桜の立木と武蔵坊弁慶による制札、「一枝を切らば一指を剪るべし」という物語のキーワードがクローズアップされます。

陣屋に帰って来た熊谷直実(尾上松緑)は、息子 小次郎を心配して陣屋までやってきた妻の相模(中村萬壽)を、何で戦場まで来るのだと𠮟りつけます。でもその後に、小次郎が平敦盛を討ち取った場面を話して聞かせてやるのですが、その様子は浄瑠璃に乗せて、身振り手振りで表現する古典ならではの表現方法。歌舞伎らしさを感じさせるところから話は展開していきます。

お話としては、熊谷直実が平敦盛を討ち取った。実は自分の息子を身代わりにしていた。
それが判明したのは、源義経による首実験の場だった。
なぜ熊谷直実がそうしたかというのは、
制札に書いてある文言が、源義経による指示だったから……。この場面、主人公の熊谷直実が、制札をもって行う見栄のシーンが有名なのですが、私が今回心を打たれた点は、この二人の若者の母親たちです。

首実験の場で、小次郎の母 相模は、平敦盛の首とされている首が自分の息子であることを知ります。平敦盛が自分の恩人でもある藤の方の息子であることを分かっているので、悲しみをこらえます。セリフは言わなくても、体中から悲しみが出ているように見えました。
さすが女形の名優、中村萬壽さんと感心しました。
また、藤の方を演じた中村雀右衛門さんも、はじめは自分の息子が討たれたので、隙あらば復讐をしようとしていましたが、小次郎が身代わりになっていたのに気づき、自分の息子を敦盛の身代わりにした熊谷直実に感謝の意を感じながらも、悲しむ相模の気持ちを、自分のことのように感じているようでした。

後半には、中村歌六さん演じる弥陀六(実は平宗清)が登場します。平敦盛の首が、熊谷直実の息子のものであることを知り、源頼朝に報告しようとるす梶原景高を、石みのを投げて絶命させます。今は石屋ですが、元々は大物武将で、正体を義経に見破られると、口調も大物らしくなります。この中村歌六さんの演じ分けも見事で感心させられます。
主人公 熊谷直実の周りを固める3名のベテランの演技が光った一幕でした。

次の演目は、「二、二人椀久」です。初めてこの演目を観たのは、平成28年。坂東玉三郎さんと中村勘九郎さんが演じられた舞台でした。今回、演じられるのは、尾上右近さんと中村壱太郎さんです。尾上右近さんの自主公演「研の會」で、この組み合わせで演じられているそうです。

傾城の松山大夫(中村壱太郎)に入れあげ、放蕩の限りをつくし、座敷牢に閉じ込められた椀屋久兵衛(尾上右近)。挙句、発狂して松山大夫恋しさに牢を抜け出し、夢の中で、恋しい松山大夫と会って連れ舞いを踊るというストーリーですが、舞踊のみで、恋しさ、寂しさ等を表現されています。三階席からオペラグラスで、お二人の表情をガン見しても、いい表情をされていて魅かれます。
特に後半の連れ舞いでは、踊りの名手らしく、観ていて手をたたいてリズムにのってしまいたいと思ってしまうような軽快さ、美しさがありました。うっとりしてしまいました。

夜の部の最後は、「三、大富豪同心 影武者 八巻卯之吉編」です。
主役の八巻卯之吉を演じるのは、NHK時代劇「大富豪同心」で主役を張る中村隼人さん。新作歌舞伎というと、アニメや漫画の冒険ものや陰陽師ものなどがありますが、テレビの時代劇を、主役も同じで歌舞伎にするというのは、思いつくようで思いつかない画期的なアイディアです。金持ちのボンボンで、親が金を出して同心になった八巻卯之吉と、現将軍の異母弟で、執権として将軍の代行を行うため、甲府から江戸にやってきた幸千代。この二人の容姿がそっくりなことがストーリーのカギとなります。

二人を演じるのは、中村隼人さんですから、容姿がそっくりなのは当たり前なんですが、八巻卯之吉の時は、ほんわかしたいかにも遊び人のボンボンですし、早変わりで幸千代の時は、剣の達人で、悪を憎む正義漢、顔もキリリとして、口調も男らしく、かっこいいです。

幸千代が将軍の検視役に面会するときに、失踪してしまっているので、卯之吉が影武者に仕立て上げられ、江戸城に拘束されます。悪役として、幸千代の命を付け狙う怪しい清少将を演じる坂東巳之助さんが、顔を白塗りにした公家風の衣装で登場しています。

最後は、幸千代が清少将を斬り、勧善懲悪の世界観の中で終わります。普段、幕が引かれて終わりますが、そこは新作歌舞伎。一般の舞台同様、出演者全員が登場するカーテンコールがありました。
その中でも、中村隼人さんは、遊び人の卯之吉、将軍執権の幸千代、同心姿の卯之吉と三回衣装を替えています。
設定(例えば悪役とか場所とか)を変えれば何回でも上演できる素敵なお話だと思います。
演出は松本幸四郎さんと尾上菊之丞さんでした。シリーズ化も期待できそうです。

何よりも、正月の歌舞伎座で中村隼人さんが主役を張れたということが、歌舞伎新時代を迎えるのではないかと、歌舞伎のこれからに期待大です。

昨年まで浅草の「新春浅草歌舞伎」に出ていた若手役者たちが、今年は歌舞伎座で大活躍した一月。例えば、中村隼人さんを熱心に応援している方などにとっては胸が熱くなったのではないでしょうか。「大富豪同心」面白かったので、過去に放映されたドラマもオンデマンドで観てみようかな……という気になっています(笑)。

文・片岡巳左衛門

47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、仁左衛門丈の悪役と田中傳左衛門さんの鼓の音色。