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刺繍アーティストとして活躍中のSOITOの伊藤千賀さんの個展「SHIBUYA CITY」が2022年3月12日(土)~27日(日)、MAKII MASARU FINE ARTSで開催されています。
私がSOITOさんを知ったのは、都内で期間限定ショップに出店されていた時にたまたま立ち寄り、ピアスを購入したのがきっかけでした。刺繍のピアスのデザインは塀に出来た模様の一部を切り取ってデザインされたもので、その視点の面白さと刺繍のあたたかみ、色使いの美しさにたちまち魅了されたのです。
SOITOを手掛ける伊藤千賀さんの個展にお邪魔し、今回のテーマである「SHIBUYA CITY」について、また伊藤さんのアーティスト活動についてお話を伺いました。
キャンバスに描かれている(縫われている)のは、全て渋谷の町のどこか。
それは、たいていの人は気づかない部分で、気づかずに踏んでいたり、注目せずに横を通り過ぎている場所や箇所。
渋谷の町を取り上げたのは、伊藤さんの出身が渋谷区だからだったそうです。
「昔よく遊んでいた公園に行ったら、お気に入りだった遊具が一つだけ残っていたのですが、塗料が剥げてボロボロで結構衝撃的でした。これもやがて撤去されてしまうのかと思ったらとても気になってしまって。」
ご存じのように渋谷は駅前を中心に開発の真っただ中。そのため工事中の場所を切り取った作品も多いのが今回の個展の特徴です。
「色とか形が面白くて奥行きがある空間を切り取ることが多いです。特に色で捉えていると、赤い三角コーンやブルーシートが目に入ります」
建物の持ち主や工事に携わる人は全く意図していないであろう配置のズレや色の濃淡が、伊藤さんの目を通して、切り取られ、刺繍作品としてアートになる。
特に経年で劣化しているところの形や色が気になり、それが作品のモチーフになることが多いといいます。
展示スペースに入口の壁には、伊藤さんが撮影した渋谷のさまざまな箇所の写真が貼られています。展示作品は、この中の一部を切り取ったもの。来場者は、刺繍作品を見て、元となる写真を確認して、また刺繍を見る……そんな楽しみ方ができます。
作品はアクリル絵の具で描いたものと刺繍を組み合わせたもの、総刺繍、ステンレスとの組み合わせなど、いくつかのパターンがあり、いずれも写真を見ながら制作を進めていきました。切り取る箇所には迷いがなく、ここと決めたクローズアップ部分を一針一針縫っていくとのことで、制作には一日12時間費やす日もあるといいます。
歩道橋の裏、フェンスのシールの剥がし跡、連結送水管のフタに貼られたステッカー、禁煙や火気厳禁の貼り紙など、渋谷ならではの雑然とした風景が、刺繍作品になることで、不思議な魅力を放ちます。
美術大学のファッションデザインコースで学んでいた学生時代、夏休みに友人と北海道から鹿児島まで43日間かけて自転車で旅をした伊藤さん。その時に、行く先々で色や形が面白いところの写真を記録として撮っていたのが現在の視点と切り取りに繋がっているのだそう。
今回の個展ではこの時の自転車旅行記も展示されています。
「今も気になる箇所があると写真を撮ります。「何があるの?」と通りすがりの人に聞かれることもありますね」
もともと手先を使うこと、刺繍は好きだったという伊藤さんは大学卒業後、スタイリストアシスタントの仕事に就きますが、ほどなくして転職することに。
時間の余裕が出来た時に、撮りためていた写真を刺繍で再現することを思いつきました。
刺繍を専門的に習っていたわけではないものの、以前から本を見ながら刺繍していた経験を踏まえ、デザインに合う刺繍を布に施すことからスタートしたといいます。
伊藤さんの作品で多く使われるのがダブルバックステッチ。建物や道路の幅などをステッチで調整し、作品に奥行きを出しています。
作品をコツコツとインスタグラムにあげていたところ、2017年、学生時代の後輩の紹介でクリエイティブの祭典「rooms」内の「rooms market」に出展したことを機に、ブローチやピアスなどのアクセサリーを制作・販売する「SOITO」を立ち上げました。
現在は年4回プラスαでPOP UP SHOPへの出店と、インターネット販売を展開しています。
「刺繍の魅力はどこでも出来ること。音楽を聴きながら、映像を見ながらでも気楽に出来ます。縫うのは基本的に同じことの繰り返しなので心が落ち着きます。糸を刺す時が一番落ち着くし幸せな気持ちになれるということに、実は最近気づきました」
と伊藤さん。
今後、刺繍のテーマにしたい場所やものについて尋ねると、
「下町の街並みもとても気になる場所がいっぱいあるので、面白いところを見つけて刺繍したいなと思っています。コロナ禍でもあるので、歩いて旅行をして気になる箇所をたくさん写真に撮って刺繍したいなという気持ちも湧いてきています。作品を通じて、街の風景やものの見方が楽しくなる人が増えたら嬉しいですね」
と語ってくださいました。
ものの見方は十人十色。だからこそ、見慣れている街並みや、見過ごしがちなさびれていくものを俯瞰したりクローズアップする目を持ちたい。
伊藤さんの刺繍作品には、そんなことを思わせてくれる優しさと力が縫い込まれています。
(写真・文/栗原晶子)