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PERFECT DAYS

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映画の中にはさまざまな人生や日常がある。さまざまな人生や日常の中には、整理収納の考え方が息づいている。
劇場公開される映画を、時折、整理収納目線を交えて紹介するシネマレビュー。(ネタバレを含みます)

「久しぶりに噛めば噛むほど味が出る系の映画だね」
これは、映画「PERFECT DAYS」を観終えたばかりの映画館のトイレで、私の前に並んでいた20代前半くらいの若者2人がしていた会話の端っこだ。

こんな言い方はとても偏っているが、映画よりオシャレにお金使いますという感じの渋谷にとても似合う雰囲気の若い女性2人だったので、いろいろ観ている中でこの作品は……というテンションで言っていたのだとしたら意外……などと思ってしまった。
まったくもって考えをアップデートせねばと自戒もこめて。

「第76回カンヌ国際映画祭」(2023年)で、最優秀主演男優賞を受賞した役所広司さん主演、ヴィム・ヴェンダース監督作。
先に今作を気合を入れて観ていた知人から、称賛の声を聞いていた。観るならぜひ渋谷で!とオススメももらっていたから、それ以上は何も考えず、久しぶりに早起きをして、午前中の渋谷で観た。

ヴィム・ヴェンダース作品といえば、「ベルリン・天使の詩」がまず思い出される。
好きな作品にこれをあげる人がたくさんいて、映画ツウならこのカッコ良さをわからなきゃ……と多く耳にした。
年頃になって観た時には、わかったフリをして格好をつけた気がする。
その程度の意識と記憶だったのにもかかわらず、「PERFECT DAYS」を観たら、「これぞヴィム・ヴェンダース作品だなぁ」などと、結局何年たってもわかったフリをしてしまった。
ダラダラと書いているが、早起きして午前中の渋谷で観た自分をちょっといいじゃん!っと思わせてくれる映画だ。(もちろん午後に観ても、夜に観ても映画の良さは感じられるはずだけれど)

役所さん演じる男・平山の暮らし。
起床から就寝までの彼の暮らしは、美しかった。
人はそれを削ぎ落された無駄のない美しさと呼ぶだろうか。
持たない暮らしが高貴さすら思わせると感じる人もいるのではないだろうか。

私は平山の暮らしを見ながら、彼や彼の周りに起こる小さな事件に、心をときめかせた。
大きな事件が起きて、そのときめきを消さないでくれと少し願いながら見続けた。

実際、平山の暮らしは、基本的にはルーティンとして続いているが、
ちょっとずつ違うのだ。
車の中でかける音楽も違うし、彼に話しかける人も違う。
何より、平山の目が、心がちゃんと揺れているのがわかる。

派手なこと、大きな事件、声の大きい人が目立つ世の中では
地味なこと、小さな事件、声をあげない人には何も起こっていないと勘違いしている人がいるかもしれない。
でもそんなわけはなくて、誰にも目が、心が揺れる日々があるということを教えてくれる。

平山は渋谷区のトイレの清掃員である。
トイレを掃除するシーンがとてもとてもたくさん出てくる。
清掃中にトイレを使いたい人が出てくるシーンはとてもリアルだ。
人が来れば平山はサッと離れて利用者に気を使わせないように気を使う。
マニュアルにあるのかもしれない。

リアルだなぁと思いながら、映画だよなぁと思いながら、一人でもいいから
清掃する彼に「ありがとう」という人はいないだろうか、いて欲しいなと願ってしまった。

映画を観終えてすぐ、映画館のトイレに入った際に、手洗い場でちょうど清掃の方に出くわした。
私が手を洗うシンクの横に、偶然にもスプレーボトルが置かれていた。
手拭き用の紙を補充した清掃員の方が、私の横のスプレーボトルを「あ、すみません」と言って取る時に、私も「あ、すみません」といった。
その「すみません」には、映画の中で誰も声をかけなかった分の「ありがとう」をこめた。

「ありがとう」がなかったけれど、救われるような気持ちになったシーンはある。
それは映画を観た人とだけ共有したい。
平山が「ありがとう」のために過ごしているわけではないことも含めて。

エンドロールまですばらしく、途中で立ち上がって早めに帰る人はほとんどいなかったのも「PERFECT DAYS」という作品を表していた。


『PERFECT DAYS』

監督/ヴィム・ヴェンダース
脚本/ヴィム・ヴェンダース・高崎卓馬
製作/柳井康治

出演/役所広司、田中眠、中野有紗、柄本時生、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和ほか

2023年12月22日(金)より全国公開

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