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さまよえ記憶

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映画の中にはさまざまな人生や日常がある。さまざまな人生や日常の中には、整理収納の考え方が息づいている。
劇場公開される映画を、時折、整理収納目線を交えて紹介するシネマレビュー。

NHK大河ドラマ『どうする家康』の演出や、よるドラ「恋せぬふたり」など数多くの作品を手がける映像作家・野口雄大による映画監督デビュー作「さまよえ記憶」。
まずはそのタイトル。「さまよえる記憶」でも「さまよう記憶」でも「さまよい記憶」でもなく、まして「さまよえ!記憶」ではない。「さまよえ記憶」だ。

8月4日より全国順次公開している今作は上映時間24分の短編映画。
キャッチコピーには“大切なひとを、質に入れました。”とある。
主な登場人物は4人。実にシンプルだが、その24分には「記憶」をキーワードに、心に寄り添うことの大事が詰まっていた。

佐藤詩織(永夏子)には大切な一人息子・隆(野口聡太)がいる。いや、いた。
行方不明となってしまった息子を、詩織は懸命に探し続けている。
あれから3年の月日が流れていた。


そんな詩織を彼女の父・小野英樹(モロ師岡)は、複雑な思いで見つめ、寄り添う。
ある日、二人は情報質屋を名乗る駄菓子屋の主人(竹原芳子)と出会った。
欲しい情報を得るためには、それと同等の価値のある「記憶」を預けるのが条件だという。
息子に会うために詩織は情報質屋へ向かうが……。

ここ数年、記憶と向き合うことが多い。
主に「忘れてしまう」ほうの記憶だ。仕方のないこととはいえ、身内がいろいろなことを忘れていくのを見るのはせつないものだ。
「ああ、忘れてしまうのだなぁ」となる。
でも、当人はそれを悲しんだり辛くなったりする域を出ているので実は問題がない。
もちろんそうなるまでのグレーな時期は当人も辛かったかもしれないのだが、
せつなくなるのはこちらの勝手と言えば勝手ということになる。

毎週のようにそうした記憶と向き合って、次第に本人が憶えていなくても、
周囲が憶えていればそれで充分と思うようになった。
さらには、憶えていなくてもその事実や事象があったこと、その瞬間に価値があるのだとも思うようになった。
忘れることを後悔しなくていいのだと。

「整理収納」のあらゆる場面でも「記憶」はキーワードになる。
モノを手放せない理由に、大切な記憶を捨ててしまうようで罪悪感を抱いてしまうと考える方が多いのだ。
サイズアウトした子ども服を捨てるのは、子育てに奮闘したあの頃の自分を捨ててしまうようでしんどいという方もいた。
こうした思いを無理矢理断ち切らせるのが整理収納アドバイザーなのだと誤解され、敬遠されることもある。もちろんプロはそんなことはしないけれど。

つまり「記憶」はつかめないもののように見えて、実は人そのものにある。
だから美しいし、時に辛いし、厄介にもなり得るし、大切なのだろう。


映画『さまよえ記憶』の中で、詩織と父・英樹は、それぞれが「記憶」と向き合い、行動に移す。
それは自分たちの感情に寄り添うことにも思えた。
エンドロールが流れると、私たちは今観たばかりの映画の「記憶」と向き合い、
私ならどうするか、あのシーンはこう解釈したい……と自分の感情に寄り添った。
そしてタイトルが「さまよえ記憶」であることに思いを馳せる。


母親の強さと弱さを永夏子さんが好演。モロ師岡さんが父としての感情を、肩や背の角度、体の向きで言葉以上に漂わせた。
記憶にリンクするような光や水の揺らぎを見せる映像美にも注目。

写真提供/ギグリーボックス


『さまよえ記憶

脚本・監督・プロデューサー/野口雄大
撮影/谷口和寛
音楽/Gunoterre
出演/永 夏子、モロ師岡、竹原芳子、野口聡太 ほか

2023年8月4日(金)より池袋シネマロサほかにて、全国順次公開

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