拝啓、ステージの神様。 PR

近く遠く、距離を感じながら観るミュージカル『シルヴィア、生きる』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略の場合あり
※ネタバレ含みます

ミュージカル『シルヴィア、生きる』を観た。
詩人・小説家、シルヴィア・プラス。1932年生まれ。生きていれば94歳。
著名人の一生を描いた作品と聞けば、成功物語をイメージする人は多いかもしれない。
でもそれとは違った。
シルヴィア・プラスの生きた軌跡をたどれば、波乱万丈の人生という表現で括られやすいのかもしれない。
でもミュージカル『シルヴィア、生きる』は、そう簡単に括りたくはないほど繊細で生身を感じる作品だ。

上演している劇場は、中野にあるTHE POCKET。180席のその空間で、『シルヴィア、生きる』に登場する人物たちとの距離を時に近く、時にとても遠く感じながら観た。

シルヴィア・プラスを演じるのは平野綾さん。
幼少期も、幸せな時も、無邪気な時も、イラつく時も、絶望する時も、希望を抱く時も、すがる時も、覚悟を決める時も、どの瞬間もシルヴィアだった。
たくさんの声色を持つ人だからこそ、それがテクニカルに見えてしまっても不思議ではない。でも、平野さんのそれは、どの瞬間もまぎれもなくシルヴィアそのものだった。

もっともシルヴィアを近くに感じたのは、彼女がタイプライターを打つ時だった。
いくつかのシチュエーションで彼女はタイプライターを打つ。
あのタイプする音が、軽快な時もあれば、重い時もあって、シルヴィアが自分に課した(課せられた)役割に溺れそうになっていた時に「そんなこと、しなくていいんだよ」と近くで言いたい気分になった。
同時に、私以外の人はどの瞬間、シルヴィアを近くに感じただろうかと聞いて回りたい。

シルヴィアのそばにはヴィクトリアがいる。演じるのは富田麻帆さん。
笑顔のお手本のようなキュートな表情で、シルヴィアに向き合うヴィクトリアが
とてもいい距離感だから、彼女が登場する時は、自分の居場所は少し楽な場所にある感じ。
彼女がいれば大丈夫だなんて、つい油断してしまう。
ヴィクトリアとシルヴィアが声を重ねる曲が何曲かあるが、重ねる度にヴィクトリアがシルヴィアの痛みを吸収しているような気がした。
開幕前の短いPR動画の中で、平野さんが「実際のシルヴィアにもヴィクトリアみたいな人がいてくれたら……」みたいなことを言っていた。
本当にそう思う。

シルヴィアが愛したテッド・ヒューズという男がいる。演じるのは鈴木勝吾さん。
一瞬で恋に落ちるこれぞミュージカル! なシーンがあって、それがあるからこそその先の
2人の人生が悲しい。


2人は出会わなければ良かったのか、いや、そうではないということは、彼らの作品を愛する人にとって当然の話しだし、このミュージカルを観た人だってきっと同じだ。
観客席から彼を見つめる人たちの中には、「私だったらこんな男、とっくに自分から離れてる」という人と「でも彼を必要としてしまう気持ち、わからなくもない」という人がいるだろう。
私は二人のシーンはものすごーく遠い距離から観る感覚でいたけれど、彼の舌打ちが聞こえた瞬間だけは、ゼロ距離で強く警告のホイッスルを吹いた。もちろん心の中で。


マルチマンとして大活躍のお二人は、原田真絢さんと伊藤裕一さん。
原田さんが演じるたくさんの役の中で、一番近い距離を感じながら観ていたのが、精神科のルースが登場する場面。
なんなら彼女の助手みたいな気持ちでいた。ルースの少し後ろからシルヴィアの表情を観察して、「先生がああ言っていた時にシルヴィアさんは一瞬こういう表情をされました」とか後で報告したりして。


「M10 ママを裏切れない」は、現代でも同じような意識を抱えている人がたくさんいる気がしている。シルヴィア(平野さん)、ヴィクトリア(富田さん)、シルヴィアの母・オーレリア(原田さん)による歌唱は、この作品のタイトルとリンクして美しく、力強く、でも簡単に解決できない深いテーマであることを浮き彫りにした。


伊藤さんが演じるたくさんの役の中で、一番遠い距離を感じながら観ていたのが、アルバレス。評論家と聞くだけで三万光年くらい離れたい気もすれば、その実、至近距離で夜通し話を聞いてみたいような気もしてしまう。
彼は程よく大人で、詩人夫婦を前に真実の言葉は口にしていない気もする。
それがいい事なのかよくない事なのか正解はわからないけれど。

マルチマンのお二人がシルヴィアを取り巻く影のようにも見えるシーンでは、
決して広くない舞台とのサイズのアンバランスさも手伝って、とてもリアルで迫力を感じた。影ってぎゅわんとものすごく大きくなる時があるから、そんな風に見えたりしたのだ。

ミュージカル『シルヴィア、生きる』。
シルヴィア・プラスは10年に一度、生涯で三度、自ら人生を終えることを試みた。
それは生きるため、生き直すための試みだったという。
シルヴィアと同じ方法を取りたくはないし、取って欲しくはない。
例えば、自分のキャリアや生まれ育った記憶や記録、思い出を振り返って、誰かに話したりすることはそれに似ていたりしないだろうか。
だったら聴くよ、私で良ければ。だから聞いてね、私の話も。
『シルヴィア、生きる』を観たたくさんの人がそんな風に思えたらいいなと思う。

編集に携わったパンフレットの中で、「生まれ変わった」と感じた瞬間や出来事をキャストの皆さんに答えてもらっている。
「10年前の自分から今の自分へのメッセージを」と問う設問もある。
10年後の自分へのメッセージではなく、10年前の自分から……の方にしたのは、
この作品と作品の世界を生きる皆さんが「生きる」ことを全力で肯定してくれているからに他ならない。

写真提供/conSept

パンフレット(A5サイズ 全58ページ 2,000円)編集担当しています。

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