三階席から歌舞伎・愛 PR

菊之助さんの松王丸にあの方をみた_三月大歌舞伎

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。

歌舞伎座での「三月大歌舞伎」。今回は、昼の部から2演目取り上げてみたいと思います。まずは、昼の部 最初の演目「一、菅原伝授手習鑑-寺子屋(すがわらでんじゅてならいかがみ)」です。
私が初めて寺子屋を観たのは、2013年(平成25年5月)、松本白鷗さんが松王丸を演じられました。それ以外に印象深かったのは、
2014年(平成26年10月)、私の一押しの片岡仁左衛門さんが松王丸、その妻 千代を坂東玉三郎さん、武部源蔵を中村勘九郎さん、その妻 戸浪を中村七之助さんが演じられた舞台があげられます。舞台を見る前から、配役を知った段階で興奮していたのを思い出しました。

今回の配役は松王丸を尾上菊之助さん、その妻 千代を中村梅枝さん、武部源蔵を片岡愛之助さん、その妻 戸浪を坂東新悟さんが演じました。

「寺子屋」は、左大臣 藤原時平が、讒言(ざんげん-告げ口のこと)によって菅原道真を大宰府に島流しにしたうえで、家族もろともこの世から葬り去ろうとしている状況から物語が始まります。
菅原道真の子を匿っているのが露見し、首を持ってくるよう言われ、悩ましい様子で花道から登場する武部源蔵。舞台では演じられてはいませんが、この前段として、武部源蔵は、春藤玄番と松王丸に呼び出され、菅原道真の子の首を打ち取って差し出せと命令されています。
筆法の師の恩義に報いるため、もし自分に子がいれば、自分の子を身代わりにしたでしょうが、あいにく源蔵には子がいません。
寺子の誰かを身代わりにすることも考えますが田舎育ちの子では、風貌から、身代わりになれるような子はいません。そこへ寺子屋へ通うようになった小太郎が登場し、利発そうな風貌から「この子を身代わりにしよう」と武部源蔵は考えます。小太郎役は、尾上菊之助さんの実子の尾上丑之助さんです。

その後、松王丸と春藤玄番が登場し、首を出すよう命じます。ここから有名な首実験の場面へと続きます。
実は、小太郎は、松王丸が菅原道真の子の代わりに殺されるため、寺子屋に送り込んだ自分の子です。ここからの松王丸が大変見応えがありました。
まず寺子屋の奥で自分の子の首が討たれる音が聞こえます。三階席なのでオペラグラスで、松王丸演じる尾上菊之助さんの表情をじっと見ます。セリフや立ち回ではなく、表情だけで観客を魅了するのは、亡き二世 中村吉右衛門さんの得意とするところではありますが、今回の尾上菊之助さんは、彼にとっての岳父 吉右衛門さんが乗り移ったかのように、自分の子が身代わりに殺された場面でも、悲しいし動揺もしているだろうけど、それを全く表に出さない様子を見事に演じていました。
その後の首実験の場面ではなおさらです。目をつむったまま首を持ち上げ、自分の子の死に顔を見るため、大きく見開いた目。その様子から自分の子が死んだことの悲しみが感じられます。
この時の尾上菊之助さんの表情は、中村吉右衛門さん、松本白鷗さん、片岡仁左衛門さんらの演じる松王丸に並ぶ名演であったと感じました。

首実験のあと、この首は、菅原道真の子で間違いないというセリフも、自分の子をなくした悲しみを一切見せず、堂々とした言いっぷりでした。
今回の尾上菊之助さんは、いままでより一段階レベルが上がって、いつ菊五郎を引き継いでも問題ないと思わせる名演をされたと感じています。
正直言って、菊之助さんの芝居でこんなに感動し、興奮したのは初めてでした。

続いてご紹介するのは「三、元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)」です。もう、これは片岡仁左衛門さんの十八番の演目です。

この演目も思い起こせば、2016年(平成28年)11月に、今回とほぼ同じ、綱豊卿に仁左衛門さん、富森助右ヱ門に染五郎時代の松本幸四郎さん、中臈お喜世に中村梅枝さんでした。

第一幕は、綱豊卿が将軍位を望む野心を隠すように放蕩三昧の様子を演じられています。片岡仁左衛門さん演じる遊び人風の演技は、艶っぽくてかっこよくてたまりません。

第二幕は、忠臣蔵ですので、吉良上野介への仇討と浅野家再興をめぐっての綱豊卿と赤穂浪士 富森助右ヱ門のセリフの応酬が見ものになります。近衛関白から浅野家再興を将軍に申し出るよう依頼されながら、赤穂浪士に仇討をさせてやりたい気持ちもある綱豊卿。

綱豊卿が、仇討に凝り固まっている富森助右ヱ門を呼び寄せます。何がなんでも、上野介を討ち果たしたい助右ヱ門に対し、浅野家が再興したら仇討は出来なくなることを理解させ、仇討をやめさせようとして、激しいセリフの応酬が続きます。
大物感あふれる仁左衛門さんと、どうしても仇討をしたい、熱い思いを持った助右ヱ門を演じる幸四郎さんの演技に引き込まれました。

最後の「御浜御殿能舞台の背面の場」では、筋書きやチラシにもよく掲載される能の衣装を身に着けた綱豊卿を、助右ヱ門が上野介と思い込み、襲い掛かります。これに対し、不心得を叱責し、「義」の本質を語る長台詞は、聴きごたえがありました。
セリフの内容もそうですが、豊綱卿のセリフにむせび泣く助右ヱ門演じる幸四郎さんの好演もあり、とても感動いたしました。

片岡仁左衛門さんのカッコよさは相変わらずですが、三月は尾上菊之助さんが、亡き 中村吉右衛門さんを彷彿させる、セリフなしで観客を芝居に引き込む姿に感動しました。

毎月のように観ていると好きな役者、好みの演目の傾向が固まってきますが、それまであまり関心をしめしていなかったところに惹きつけられるという、そういう楽しみや発見があることも、歌舞伎見物の楽しみだと改めて感じることができました。

CHECK!

舞台写真付きの詳しい歌舞伎レポートは、エンタメターミナルの記事
「三月大歌舞伎」昼の部 公演レポート、舞台写真掲載をご覧ください。

文・片岡巳左衛門
47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、仁左衛門丈の悪役と田中傳左衛門さんの鼓の音色。