拝啓、ステージの神様。 PR

コロナ禍の頃のこころ『ミュージカル 原点再起』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

ミュージカル『原点再起』をCBGKシブゲキ!!で見た。
ミュージカル俳優として、数多くの作品に出演を続ける竹内將人さんが演出・プロデューサーを務め、東京藝術大学出身のお仲間と立ち上げたプロジェクトStudioR6の初の作品だという。

4人の出演者が魅力的なので、『ケインとアベル』を観た時に上演を知って、観劇を決めた。出演者は、竹内將人さん、今拓哉さん、梅田彩佳さん、松原凜子さん。
3日間全6公演。その中でアンダースタディ公演(平川聖大さん、脇あかりさん、田中夢羽さん)も設けている点も、このプロジェクトの目指す大切なところなのだろうと勝手に感じている。

ミュージカル『原点再起』の物語、舞台はコロナ禍のただ中。演出家のそうし(竹内將人)は公演中止で仕事の場を失くし、焦る日々。恋人のさやか(梅田彩佳)とは同棲しているものの、結婚情報誌のCMが流れると気まずくなってしまうほど、関係が停滞していた。

会場のキャパと私が座った席がとてもステージに近かったこともあり、いきなり二人の生活をのぞき見しちゃっているような感覚におちいる二人の日常。
それは「コロナ禍の頃」という比較的引っ張り出してきやすい記憶を、するするとよみがえらせる。
ペットボトルの水はコップに出して飲んで欲しい彼女。それを指摘すればどんな風に言い訳するかまで想像がついてしまう彼女。
そんなリアルさも「コロナ禍の頃」をよみがえらせた。
ただ単に付き合いが長いからそうなっているのではなく、皆、外では緊張を強いられ、心を許せる人の前では知らないうちに痛んだり、溜まってしまっている苛立ちをぶつけてしまうことだって少なくなかったからだ。
こういうリアルを梅田彩佳さんのしっとりとした、けれどナチュラルな歌声で聞かせる。

「コロナ禍の頃」は、とかく片づけに注目が集まった。ホームステイで時間だけはあるから、モノを処分する人も増えたし、オンラインで習い事を始めたりする人も多かった。
整理収納が進めば、空間も気分もスッキリし、経済的にも無駄を減らせるのでいいことしかないのだが、「コロナ禍の頃」を経て、とにかく快適でハッピーになったなんていう人はそういない。

そんなリアルな「コロナ禍の頃」、そうしは父の暮らす生まれ故郷へ向かった。駅前の劇場が閉場するというお知らせを横目に、実家に着くと父の手帳を見つけて……。
ここから、父子の微笑ましいミュージカルナンバーが始まった。楽しい演出効果もあって、どよんと引き出されていた「コロナ禍の頃」の記憶が薄まったりする。
こんな時、ミュージカルはいいよなぁと思う。感動も欲しいけど、愉快も欲しくなるのがミュージカルなんだよなと思う。

舞台中央のミニステージ、その一辺にだけ枠がある。ミニステージはリビングになったり、玄関になったり、枠は扉になったり、壁の向こうとの境界になったりする。
ミニステージは俳優たちが手動で回転させながらシーンを切り替えた。
その切り替えは、場所的な切り替えだけでなく、時間的な切り替えも意味しているように思えた。
どうでもいいことだが、私は舞台美術を移動したり、回転させたりした後に固定させるためにストッパーをガシャンガシャンとやるのがとても好き。
安全のため……なのだけど、なぜかあの確かめるように踏みしめる感じが好きなのだ。
そういえば『ケインとアベル』でも、舞台美術を手動で移動させる演出があって、なんだかそれも好きだった点だったっけ。

回想シーンの中には、そうしとさやかが、そうしの父と初対面し、酒を酌み交わす楽しいシーンが結構な長尺で展開した。父を演じた今拓哉さんが唎酒師でもあり、お酒好きということも存じ上げていたので、やけにこのシーンの解像度が高かった(笑)。
ぜひ、ここでお酒とか、乾杯とか、酔っ払って陽気に歌う曲をリクエストしたい!

さらに回想シーンの中には、父と母(松原凜子さん)が出会い、恋に落ちる場面も登場した。
出会って、恋に落ちるシーンほど、ミュージカルが似合うものはない。ましてや、それは「コロナ禍の頃」なんていうものは影も形もない頃のことだったわけで、単純に「あの頃はよかったよね」なんて思えてしまう。私たちはいつだってこんな風にゲンキンな思考を携えて観客席に座っている。
もちろん、過去の回想がつらかったり、キツかったりする作品もあるけどね。
松原凜子さんの伸びやかで、晴れやかな歌声に自然に拍手が起こって、ミュージカルの良さってこれよねー、なんて思ったりもして。

若き日の父と母のシーンを、離れた枠の外で見るそうしを見ると、その目にじんわり涙が浮かんでいるように見えた。
その表情には、いろいろな意味が組み合わされていて、
「父と母にはこんな素敵な日々があったんだなぁ」
「もっと一緒にいたかったなぁ」
「幸せになりたいなぁ、なれるよなぁ」
「彼女は今、どうしているかなぁ」
と、いろいろ想像する。そのどれでもなかったかもしれないし、やっぱりいろいろな意味が組み合わされていたんじゃないかなと思えたりもした。

そしてまた「コロナ禍の頃」。
ラストは映画のような終わり方だった。
ミュージカル的には、時空を超えて、原点再起を信じて4人のハーモニーが聴けたなら……なんてリクエストしたい!

あ、もちろん、竹内さんのソロナンバーをリクエストしたい! という声は、きっとたくさん届いていることだろう。

「コロナ禍の頃」その途中や、すぐ後に作られた映画は何本もあった。
演劇でもそれを象徴するような社会背景を取り入れた作品が誕生していた。
ミュージカルはどうだろうか。この作品が初めてかもしれない。(知らないだけでいろいろあったらスミマセン)

まだ比較的簡単に取り出せる記憶だけれど、確実に薄まっていくというのもまた現実。
忘れられる幸せもあるけれど、それを経て私たちは何を知ったのか、思ったのかを考えたり、話したりできるのがエンタメの素敵だと思う。
私はこの作品を観て、やっぱり「コロナ禍の頃」に観た作品のレビュー、せめて数行でもいいから感想を書き残しておかなかったことを後悔してしまった。
正確には、書けなかったという方が多い。需要もなかったし、書く気分になれなかったことがほとんどだったのだ。
今は、その事実が私にとっての「コロナ禍の頃」の象徴的なこととして、記憶を濃くしている最中だ。

終演後にアフタートークが企画されていて、私が観た回は、『ケインとアベル』で夫婦役を演じた咲妃みゆさんがゲストだった。
たった今、観た作品の感想を、時折目に涙をためながら丁寧にお話する姿がとってもキュート。
そして、竹内さんが今作の脚本を手がけられた鉄兵さんや、作曲の藤川さんなど、クリエイティブチームのことを懸命に話されている様子からも、このプロジェクトへの思いが強く伝わってきた。

この作品やプロジェクトは今後もブラッシュアップして続けていきたいのだという。
ということは……2025年3月は、『「原点再起」初演の頃』として記憶しておきたい。

カーテンコールのみ撮影可でしたー

拝啓、ステージの神様。
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