拝啓、ステージの神様。 PR

頭と感情でラベリングさせないミュージカル『SMOKE』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

あと数日で終幕となるが、少し前にミュージカル『SMOKE』をようやく観ることができた。珠玉のシリーズミュージカルと謳われた今作は、2018年から19年、21年、そして24年に上演されてきた。
出演者は3人だけ。キャストの組み合わせがさまざまな形で上演され、今期は1月23日~3月31日までの全95回公演というロングランである。今作ではオリジナルと同じチュ・ジョンファが演出を手掛けている。

ようやく観ることが出来たと書いた。
実は毎期、出演者が魅力的で、「わぁー、この人で観たい。この組み合わせで観たい!」という希望がいつもあったのだが、なぜかどうしてもうまく都合がつけられずにいた。

ミュージカル『SMOKE』のファンの方を「愛煙家」というらしい。
世間ではすっかり肩身の狭い思いをしているであろうその呼び名が、ミュージカルのファンネーム? として存在しているのは、ちょっとユニークでピースフルだ。
たくさんのファンの方がいるわけだから、少し調べたらレビューがたくさん出てくるだろうと思ったけれど、
これまでご縁がなかったことを踏まえて、あえて情報を追加せずに上演劇場である浅草九劇に向かった。

知っていたのは、韓国発のミュージカルであるということ。
韓国で有名な詩人の詩に着想を得て作られた作品であるということ。
出演者は3人だけということ。
曲がとてもいいらしいということ。

本当にこれくらいだった。
結論から言うと、この少ない情報だけにとどめ、作品に出会うことが出来て良かった。
難解なストーリーかも? と思ったのは一瞬で、あとは心を目を耳をずっとキョロキョロとさせながら作品の中にずぶずぶと浸かることができた。

キョロキョロという表現は軽いだろうか。いや、でも実際にそうなる。
客席は舞台中央を囲んで四方に配置されていた。
小さく段差があるので、舞台は段差の一番低い場所になるのだが、座っている観客とキャストは目の高さがほぼ同じになる。
それだけでもドキドキ度はかなり高い。ずぶずぶと浸かる理由はここにもあった。

それ以外にも、この形状を生かしたさまざまな仕掛けがあり、目はずっとキョロキョロさせることになる。
密な空間で次はどこから出てくるのか、声はどこから聞こえているのかと、耳もキョロキョロさせ続ける。
そして脳もずっとキョロキョロとフル回転させている。
超(チョ)、海(ヘ)、紅(ホン)という短い名で互いを呼ぶから、初めての私はそこの整理もつかないまま、
超(チョ)という男は……、海(ヘ)という人物は……、紅(ホン)という女性は……、と自分の頭と感情でラベリングしようとすると、するするとそれは剥がれていくのだ。
粘着力のないラベルシールが、貼った先から剥がれていくみたいに、
定着しないのだ。それがなんとも刺激的だった。
「愛煙家」と呼ばれて、繰り返し見たくなる人がたくさんいるのがわかる。

私が観劇した日のキャストは、超(チョ)を石井一彰さん、海(ヘ)を石川新太さん、紅(ホン)をMARIA-Eさんが演じた。
皆さん歌がすばらしく、熱量のバランスもすばらしかった。
石井一彰さんの背すじの伸び方とコートの捌き方は美でしかなかったし、
石川新太さんの後半の自己と向き合う一挙手一投足は気持ちのいいゾーンをみたし、
MARIA-Eさんの瞳にじゅわっと満ちる涙がとても熱くてあたたかかった。
バランス、本当に毎回違うのだろうなと思う。
毎回、化学反応が起こり、うねりまくるのだろうなぁと想像できる。

次の機会があれば、今度はとことん「愛煙家」の方の声を見たり聞いたりしてから行ってみようかなどとも思う。
今、気になっていることと言えば、最後に声の出演があるのだが、それがとても聞き馴染みのある方であったということ。
私の検索力が弱く、それが正解なのかはまだ解決できていない。

拝啓、ステージの神様。
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