アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。
逃避行/篠田節子
50歳になった主婦・妙子は、最愛だったはずの夫でもなく、大切に育ててきた2人の娘でもなく、愛犬のゴールデンレトリバーのポポがたった一人(一匹)の味方だった。その大切な愛犬が、お隣の子供を嚙み殺してしまった!
自分の飼っている犬が、他人を噛んでしまったら……。動物を飼っている人なら、たぶん一度や二度は考えたことがあるのでは?こんなショッキングな出来事から始まる。
だから噛み殺していい、ってわけじゃあないとは、絶対思う。それは本当の気持ち。
でも、このお隣の子供というのが、ポポに意地悪をするのは一度や二度ではなかった。
雷や大きな音に極端に怯える大型犬をおもしろがって、この子供は、おもちゃのピストルで銀玉をぶつけたり、顔に胡椒をふっかけたり、鼻先でかんしゃく玉を破裂させれたり……
何度もやんわりと注意してきた。ポポだって、言葉は通じなくても、ヤメテ、コワイヨ、と言っていたはず。この小さな子供を見るだけで怯え切ってしまうようになったポポの態度もそれを示している。エスカレートしていくイジメに、じゃあ、ポポはどうすれば良かったのか……
2014年、埼玉で実際に起きた事件を思い出す。全盲の男性が連れていた盲導犬が、何者かに刃物で刺されたのである。でもこの犬は訓練されていたから刺されても鳴き声を我慢したそうだ……。なんてひどいことをする人間がいるんだろう。もちろん痛かっただろう。決まってる。血が出るくらい刺されたんだから。キャンって鳴いて、刺した人を噛んだって許される。でもこの子は泣くのすら我慢して、お仕事を続けて、この全盲の男性を職場まで無事に送ったのだ。
こんな傷害罪が、被害者が犬なばかりに器物損壊罪にしかならない。命あるものに刃物を突き立てても、罰金をちゃり~んと払っただけで許されちゃう。犬の命ってモノかよ?と憤ったのは、私だけじゃないはずだ。どんなひどいことをされても、我慢する犬。これが正解?
もう、20年以上前の私の話。家の前に犬小屋を設置し、中型犬を飼っていた時。家の前を通りかかった酔っ払いが、犬小屋を抱えて、中に入っていた犬ごと放り投げたのだ!当然すごい音がして、悲鳴(犬の)も聞こえて、家から飛び出した私たち家族が見たのは、すっかり目の座ったよっぱらい男性……。
もちろん警察へ通報したが、怒り心頭に発している我々家族に当時の警官が言った言葉、まだ忘れない。
「まあ、所詮は犬畜生ですから」
だから穏便にってこと?人間様は犬畜生に何をしても許されるの?
幸い、わが愛犬に大きなケガはなかったが、散歩で、男性とすれ違うと吠えることが多くなってしまったのを、誰も責められない。トラウマだ。
この逃避行では、タイトル通り、主人公の主婦が、愛犬ポポを連れて逃げる。この主婦には、味方のはずの家族がいない。いや、存在はしているが、みんなポポを処分の方向へ考えている。涙ぐみながらかわいそうだけどね、という娘たち。仕方ないだろう、それだけのことをしたんだ、と、何年も暮らしてきたポポを撫でながら、どこか冷たい目つきの夫。自分を殺す相談をしているのを知らず、信頼しきった目で大好きな家族を笑顔で見上げるポポ。主婦・妙子にとっては、自分をどこか馬鹿にしているように感じる夫や娘より、ポポこそが守るべき大切な家族だった。
逃避行中、たくさんの人たちに出会う一人と一匹。予期せぬ事件も起きたり、犬を飼っている人は、思わずご自分の愛犬を抱きしめてしまうことは1度や2度ではないハズ。切なくて、苦しいシーンはたくさんあるが、結末が気になって一気読みは保証する。
人間と動物のかかわり方、責任を考えさせられちゃう作品です。
大きな声では言えないが、私が同じ立場でも、連れて逃げてしまうと思う。内緒だけど。