アトリエM_こばやしいちこによるオリジナルブックレビュー。たくさん読んだ本の中から、読者におすすめの一冊をご紹介します。
一分間だけ / 原田マハ
神様に、愛犬のためにあと一時間だけ時間をください、と祈る文章で始まるこの小説。
主人公の藍は、ファッション雑誌編集者として、バリバリと仕事をする女性だ。都会で恋人と暮らしていたが、仕事の関係で、ゴールデンレトリバーのリラと運命的に出会ってしまい、恋人とともども、リラのためだけを考えて、環境のいいところへ引っ越すことになる。
もちろん、通勤に時間がかかるようになり、定時にきちっと帰れる仕事ではない藍は、かなり大変な毎日になる。家でする仕事の恋人と協力し合いながら出来るこの暮らし。リラはとても幸せな娘として、この二人に育てられていた。たまに叱られても、リラの藍に対する信頼・愛情は変わらない。微塵も揺らがない。犬ってそう。ちょこっと1時間だけ出かけて、帰って来ても、何年も会っていなかったかのように、再会を喜び、その喜びを全身でぶつけてくる。犬を飼っている人は、わかる~! ウチもそうだよ~! とウンウン頷く場面がたくさん出てきます。
イライラした藍に叱られて、ぶるぶる震えるリラ。そんなリラを見ていると、だんだんと可哀想になり、自分の身勝手で叱ってしまった自分に自己嫌悪に陥り、「おいで、怒ってないよ」とリラに手を差し伸べる。するとその瞬間、全身で胸の中に飛び込んでくる。今の今まで泣いていた子が、もう嬉しそうに爆笑した、みたいに。
犬を飼うということは、楽しいことだけじゃない。想像以上にお金もかかるし、世話も大変だ。もしかして、時には疎ましく思ってしまうことだってある。病気にだってなるし、歳もとる。そしてやっぱり、一人で世話をするのは難しい。(大きい犬だととくに)そういうことがきちんと描かれている。
それからこの作品、素敵な人たちたくさん出てくる。仕事場の後輩、上司、ご近所さん、タクシーの運転手さん。その人たちの優しさで、藍は、リラは、随分と助けられる。本当に助けられる。読みながら鳥肌が立ってしまうほど感動するセリフやシーンもある。ああ、読んでくれた人と話したい。
犬好きなら、目にしたことがあるという方も少なくない、「犬の十戒」。作者不詳のまま世界中に伝わっている、詩のような文章、ご存じだろうか。
一戒、出来るだけ一緒にいてください
わたしにとって、あなたと離れている時間がつらいということ、わたしの命はだいたい10年から15年くらいだということを、わたしと暮らす前に覚えておいてください。できるだけひとりぼっちでいたくはありません。
二戒、気長に待ってください
時間はかかるかもしれないけど、あなたの求めていることや言っていることをわたしが理解できるまで、待ってください。
三戒、信じてください
あなたがわたしを信じてくれさえすれば、わたしは幸せなんです。信頼してください。
四戒、怒りすぎないでください
あなたには仕事や友達、楽しいことがあるけれど、わたしにはあなたしかいません。わたしのすべてであるあなたに長い時間怒られたり閉じ込められたりするととても悲しくなります。
五戒、話しかけてください
たとえあなたの言葉がわからなくても、あなたの声を聞けば気持ちがわかります。だから話しかけてください。嬉しいときは一緒に喜びたいし、悲しいときは慰めたいのです。
六戒、考えてみてください
あなたがわたしに優しく接してくれたこと、厳しく叱ったこと、わたしは覚えています。あなたがわたしにとってどんな家族であるかを、考えてみてください
七戒、たたかないでください
あなたがわたしをたたく前に思い出してほしいことがあります。わたしは本気になったらあなたより強いけれど、わたしはあなたを傷つけないと決めています。
八戒、気付いてください
あなたのいうことを聞かなかったり、頑固なとき、その理由に気がついてください。ごはんが合ってないのかもしれない。強い日差しに照らされているせいで苦しかったり肌や肉球が痛いのかもしれない。もしくは歳を重ねて心も体も若い頃のようには動かないのかもしれません。いろいろな理由を思い起こして、わたしの異変に気がついてください。
九戒、歳をとってもお世話をしてください
あなたが歳をとるように、わたしも老いていきます。わたしの老後も見捨てずにお世話をしてください。
十戒、お別れのとき、そばにいてください
わたしの最後のお別れのとき、見てられないとか、いたたまれないとか、言わないでください。あなたがそばにいてくれたら、わたしは安らかに旅立てます。だからそばにいてほしいということ、そしてあなたを愛しているということを忘れないでください。
これを肝に銘じて、自分の愛犬と、楽しい大切な日々を過ごそうと思っている。