私のアンフォゲ飯 PR

菊一堂のオニオンスープは聖水だった!?

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誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。

今回アンフォゲ飯を語ってくれたのは、脚本家の今井雅子さんです。

-- 今井さんのアンフォゲ飯は、ご出身地に関係があるのですよね?
今井 子どもの頃、大阪・堺を中心にいくつかあった菊一堂というお店の味に出会ったことが忘れられません。なかでも菊一堂のオニオンスープは、一週間ひたすら玉ねぎを煮詰めてお出汁をとっている本格的な味でした。

-- 菊一堂というのはなんのお店なのですか。
今井 レストランでした。和菓子屋さんっぽい店名ですよね。実は今はもうないお店なんです。一時期はデパートにも出店していて洋菓子やスープストックを販売していた有名店でした。菊一堂が懐かしくなって、時々自分でネット検索などしてみるんですが、あまり見つからないんですよね。

このレストランの「菊モー」に家族でよく行ってました! 菊モーというのは、わが家での呼び名だったんですが、菊一堂のモーニングという意味。ビュッフェを営業していたんです。スープ、サラダ、ハム製品、そしてデニッシュペストリ―がめちゃくちゃおいしくて。
それらがずらーっと並んでいて食べ放題。40年くらい前ですが、当時で大人は一人2,000円くらいしていたと思うので、結構いいお値段でしたよね。とにかくそこに家族で行くのが休日の楽しみでした。

-- オニオンスープについて具体的に教えてください。
今井 当時、お湯で溶いて作るインスタントのスープや、缶入りのコーンクリームスープなども出ていてそれらも大好きでしたが、菊一堂のオニオンスープは別格。一回のスープを作るのにこれだけの玉ねぎと時間を凝縮するんだということに小学生だった私は衝撃を受けたんです。
なぜ手間暇かけて作っていることを知ったかというと、菊一堂から届くお便りを読んだから。「いただきます」か、「ごちそうさま」だったかなぁ。そんなタイトルのお便りで、菊一堂の社長の食べ物に対する思いや、製品について紹介されているもので、オニオンスープについての紹介もそこで読んで知ったんです。
食べ物ってこんなに時間を凝縮するものなんだ……って思いましたね。これは今、脚本家として作品づくりに携わる中で抱いている思いにも通じるところがあるなと思っています。

-- そのお便りというのは、会員向けに送られてくるものなのでしょうか?
今井 そうです。8ページ程度の新聞のような感じでしたけど、フルカラーで読み応えがあった記憶があります。季刊だったかな。

-- 少女だった雅子さんは、このお便りが届くのが楽しみだったのですね。
今井 はい。お店から届く会員向けのつまりはDMだったわけですけど、「菊一堂からお便りが来たー!」となると、私が真っ先に読んで、今度は〇〇フェアがあるとか、おいしそうな写真がたくさん載っているのを見てはわくわくしていました。食文化というものがあることを教えてくれたのがその菊一堂のお便りでしたね。

-- 編集していた方はそういうコメントを聞けたら嬉しかったろうなぁ。
今井 そこに載っていたおいしそうな写真を切り抜いて、のりで貼って、年賀状にしたりしてましたよ(笑)。

-- 家族でよく行かれたという菊一堂のレストランについてもう少し教えてください。
今井 天井が高くてとても広いお店だったんです。当時、菊一堂は何店舗も営業していましたが、私たちが行ってたのは堺市の、わが家から車で10分くらいのところにあったお店でした。
わが家は母しか車の運転が出来なかったので、「今週は菊モーに行けるのか」は、母の機嫌次第でした。寸前になって「行かへん!!」なんてことがあったんです。一度、駅から歩いたことがありましたが30分以上かかる場所だったので、とにかく母の機嫌が大事。そういうこともセットになって思い出になっていますね。

-- お休みの日に家族でモーニングに出かけるなんて、本当に素敵な思い出ですね。
今井 特別な日の朝、という感じでした。一品一品、結構ないいお値段のお店だったので、スープストックにしても安くはなかったんですよね。そんなスープがビュッフェなら飲み放題でしたから、行った時にはとにかくよく食べました。
そもそも外食が大好きな家だったんです。母は作るより食べることが好きだったのかも。
私の義母は、料理が好きな人で、夫は子どもの頃に外食した記憶がほとんどないと言っていたので、毎週のように外食していたわが家は当時では珍しかったかもしれません。

-- 食べ物について、親御さんから言われていたことや、何かこだわりというのはありましたか。
今井 母は作るより食べることが好きだったかもと言いましたが、お客様が来る時にはケーキを作らされました。子どもがケーキを作ることで、お客様には「ようこそ」の気持ちが伝わるから……ということだったみたいです。
「お客様(母の友人)が来る時はケーキとか持ってくるやん。でもケーキ作ってお迎えしたら喜ばれるから」
そんな風に言ってましたね。やはりおいしいものを作ること、食べることがコミュニケーションの潤滑油になるという考えがある家だったのかなと思います。
子どもの頃はお裾分け文化もあって、晩御飯を作り過ぎたのをお皿に乗せたまま近所に行ってピンポンして、「作り過ぎたのでどうぞ」なんてこともしてましたから、食とコミュニケーションってつながっているなと思います。

-- ちなみに、お客様におもてなししたというケーキはどんなケーキだったのですか?
今井 むちゃくちゃプリミティブなマーブルケーキ。ココア味でマーブルにしたリング型のケーキです。母から「このページに載ってるから作ってみる?」と言われ、妹と自力で作った記憶があります。
お客様にはすごく褒めてもらったと思いますが、母はどちらかというとやらせてあげてる、みたいな感じでした。だからかもしれませんが、私は自分の娘を大袈裟に褒めるタイプです(笑)。
今思い出してもとにかく、おいしいものが大好きな一家で、野菜も生産者さんから直接仕入れていました。虫がじゃらじゃら出てくるような白菜とか、私はとても苦手だったんですけど、母は「本当に薬を使っていない野菜は、これが普通なんや」と言って、虫くいの穴だらけの白菜を食べてました。

-- 家族との思い出の味が今は食べられないというのは残念ですね。
今井 そうですね。ある時、菊一堂のコンソメスープを再現しようと挑戦したんです。オニオン8個を飴色になるまで煮詰めて、煮詰めて、びっくりするほどちょこっとになりました。それは限りなくあれに近い味になったんですけど、菊一堂のオニオンスープは甘くてコクがすごかったんです。玉ねぎそのものもいいものを使っていたんでしょうね。土地柄的に淡路島産の玉ねぎが手に入りますし。
その甘いオニオンスープとデニッシュの組み合わせが大好きでした。
以来、さまざまなところでオニオンスープを食べてきましたけど、あの菊一堂に敵うスープには出会えていない気がします。
もし、「幻の味が1日だけ復活。当時のシェフが菊一堂のコースを再現!」というクラウドファンディングがあったら私は真っ先に支援すると思います(笑)。

-- 今、改めてあの味を思い出して感じることがあればお聞かせください。
今井 アメリカに行った時に、向こうの人が教会に毎週通うのを見て、菊一堂はわが家にとっての教会だったんじゃないかと思ったことがあるんです。「今週はこういうことがあったね」と家族とコミュニケーションを取る場でもあったし、……となるとオニオンスープは聖水だったかも!?
それから、今話していて思い出したんですけど、会員になってポイントを貯めると、お店で使われていたものと同じデザインの可愛いお皿をもらえたんです。オフホワイトに赤っぽいギンガムチェックのような柄でした。あの時のお皿、今、植木鉢の受け皿に使ってます。一生懸命ポイント貯めてもらったのになんてことを!!

-- いえいえ、今も持っていて使われているのはすばらしいです。器といえば、今井さんが足立紳さんと共に脚本を務められた映画『嘘八百』シリーズ3作目『嘘八百 なにわ夢の陣』が現在公開中ですね。
今井 ありがとうございます。中井貴一さん演じる古美術商の小池則夫と、佐々木蔵之介さん演じる陶芸家の野田佐輔のコンビが今回はなにわを舞台に秀吉ゆかりの器に挑みます。初笑いにぜひご覧になってください。

-- 映画の帰りには、手間暇かかるオニオンスープが飲みたくなるかも!?  素敵な思い出の味と食にまつわるお話をありがとうございました。


今井さんのお宅で今は植木鉢の受け皿として使用されていて、救出(!!)された菊一堂オリジナルプレート

今井雅子(Masako Imai)さん
大阪府堺市出身。堺親善大使。テレビ作品では連続テレビ小説『てっぱん』、『昔話法廷』、『恐竜超世界』(以上NHK)、『失恋めし』(読売テレビ)、『ミヤコが京都にやって来た!』シリーズ (ABCテレビ)、『束の間の一花』(日本テレビ)など話題作を手がける。映画では『パコダテ人』(01)、『風の絨毯』(02)、『子ぎつねヘレン』(05)、『天使の卵』(06)、『ぼくとママの黄色い自転車』(09)、『嘘八百』シリーズ(足立紳と共同脚本)などを担当。絵本『わにのだんす』(エンブックス)、聞き手を務めた『産婆フジヤン』(産業編集センター)、『来れば? ねこ占い屋』(小学館)、『嘘八百』『嘘八百 京町ロワイヤル』の小説版(PARCO出版)の執筆も手掛ける。saitaにて小説『漂うわたし』を連載中。

嘘八百なにわ夢の陣
2023年1月6日(金)より全国ロードショー

キャスト:
中井貴一 佐々木蔵之介
安田章大 中村ゆり 友近 森川葵
前野朋 宇野祥平 塚地武雅 吹越満 松尾諭
麿赤児 芦屋小雁/升毅/笹野高史 ほか

監督:武正晴 脚本:今井雅子 足立紳 音楽:富貴晴美
配給:ギャガ
(c)「嘘八百 なにわ夢の陣」製作委員会

イラスト/Miho Nagai