拝啓、ステージの神様。 PR

フィクションなのにリアル『ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

劇団チョコレートケーキ。名前をよく目に耳にしながら、なかなか観るタイミングが合わず、今作が初観劇となった。
作品のタイトルは『ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-
タイトルに偽りなし。愛がこもっていた。
しかし、現実は愛より哀な気もするので、相当な皮肉もあるなと思う。

舞台を観た帰り、会社員時代のことを思い出した。
紙・Web・映像を扱う小さな編集プロダクションに在籍した。
当時の上司に、営業と編集は仲良くケンカするのがいい関係なのだと言われた。
広告営業担当は、売上ノルマを達成するためにとにかくクライアントの言葉は絶対! だ。
編集は、誌面のクオリティーを下げるわけにはいかないと、編集方針を易々とは曲げない。

私は前職で広告営業もしていたので、営業の気持ちもちょっとわかっちゃうところが
編集人として足りていない部分なのだと、妙な自虐を感じてもいた気がする。

ある時、連続出稿が決まっていたクライアントの広告が、掲載できないことに決まった。
発行元となるクライアントからNGが出たのだ。
私たちはその発行元から予算をもらって誌面を作成していたので、それこそクライアントの意向は絶対……だった。
このことを報告連絡すると、その広告を扱う代理店が怒りの電話をかけてきた。
出稿に関するやりとりをしていた私に指名で連絡が来て、「どうしてくれるんだ!土下座して謝れ!」と言われた。

コンプライアンスのコの字もない時代だ。いや、ないわけもないけど。
しかも土下座などしたところでなんの問題解決にもならないのにバカなの? とますます広告代理店が嫌いになった。(あ、スミマセン、それまでのあれこれの経験も踏まえ、そういうイメージを抱いていたのです)
速やかに上司にホウレンソウをし、もちろんそんなことはしなくて済んだのだが、
このエピソードをピカンピカンと思い出してしまった。

物語の舞台は特撮ものの番組を手がける制作会社「東特プロ」。
ヒーローものの王道「ユーバーマンシリーズ」を想起させる「ワンダーマン」というちびっこ向けの特撮ヒーロー番組を作っている。
監督の松村(岡本篤)、特撮監督のフルショウ(青木柳葉魚)、助監督のゆりっぺ(清水緑)らは王道のシリーズを敬愛しつつ、誇りをもって「ワンダーマン」の制作に取り組んでいた。

しかし、思いだけでなんとか回るわけではない。とにかく低予算での制作をオーダーする岸本(林竜三)、コッテコテの大阪弁で局の事情を押し付ける桐谷(緒方晋)など一癖も二癖もある面々が存在する。

予算削減のために「ワンダーマン」15話の脚本家として白羽の矢をたてられたのが、監督松村の後輩にあたる井川信平(伊藤白馬)だ。
怪獣が出てこない特殊回のために、彼は過去のユーバーマンシリーズの中でも異色の回とされている話をオマージュしつつ、脚本を書き進めた。

この回にゲスト出演するのは、女優の森田杏奈(橋本マナミ)とそのバーターとしてキャスティングされた若手俳優の下野啓介(足立英)。
おっと忘れてはならない、「ワンダーマン」を演じるのがヒーローもの主演に力みすぎる感じがリアルで笑いを誘う佐藤信也(浅井伸二)である。

とにかくいろいろな制約がある中で、名作の誕生かと思われたが、上の意向で第15回はとん挫しそうになる。上と現場は仲良くケンカしな……では済まないのだが、
観ている私たちは、この設定やこの理不尽さをよく知っている。
自分の経験に置き換えることが出来る者もいれば、マスコミが取り上げていて知っているとか、風の噂で聞いて知っているとか、イメージだけで知っているというのも
いろいろグラデーションがある。
そのグラデーションっぷりがリアルで、どこかで折り合いをつけようとしている感じもリアルなのに気持ち悪い。リアルだから気持ち悪いのか。
そういう場に自分も加担していたことがあるかもしれないとビクッとして気持ち悪いのかもしれない。
ここに織り重なっている人間関係やパーソナルもまたリアルだ。

フィクションなのにリアル。
この舞台を観て電話口で「土下座してくださいよ!」と言われたことを思い出したのは
フィクションみたいなリアルだったからなのかもしれない。

ご挨拶とキャスト表と共に、参考文献&用語集が配布された。参考文献にはもちろん誰もが知るあの王道ヒーローに関する著作がたくさん掲載されている。これを見るだけでムネアツな人も多いだろうなぁ
拝啓、ステージの神様。
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