映画の中にはさまざまな人生や日常がある。さまざまな人生や日常の中には、整理収納の考え方が息づいている。
劇場公開される映画を、時折、整理収納目線を交えて紹介するシネマレビュー。
タイトルを聞けば、ラブストーリーと感じるだろう。
しかし、映画を観終えて感じたのは、恋人同士のラブ以上に、自分を愛することへのラブストーリーだと、そう思った。
原作は2005年に刊行された新堂冬樹さんの同名小説。
監督は、「ミッドナイトスワン」やNetflixの「全裸監督」も手掛けた内田英治さん。
お二人のアフタートークショー付きの上映回を観た。
主人公は絵本作家の水島良城と彼の祖父がオーナーを務める絵本専門店「夢の扉」で働く書店員の月菜。二人は良城が高校生で絵本作家デビューした頃に出会い、今は団地で同棲している。
室内の壁紙やタイル、布には柄ものが多く用いられている。レトロ感や北欧っぽいデザインが好みなのは、月菜の趣味だろうか。室内はモノは決して少なくない。
付き合いの長い二人の間に今、立ちはだかるのは、良城が強迫性障害で潔癖症を患っていることだ。
部屋中のモノにビニールラップがかけられ、彼の手にはいつもビニール手袋が着けられている。
野菜を洗剤で洗い、夕飯の鍋はコロナ禍でたくさん売れた一人用鍋でそれぞれ食べるスタイルだ。
月菜も帰宅すると玄関で、除菌スプレーを全身にかけるのが習慣になっている。
互いを大切に思いながらも、本音を言えば相手を傷つけてしまうと躊躇い、言葉を飲み込んでいる日々だということが、物語の前半からジワジワと伝わってくる。
演じる二人の脂汗の掻き方、少し虚ろに見える視線
良城を演じるのは、NHK朝ドラ「虎に翼」で、主人公 寅子の弟役を好演した三山凌輝さん。朝ドラ出演時には、ダンス&ボーカルグループのBE:FIRSTでパワフルにラップやダンスをパフォーマンスするRYOKIと同一人物だと気づかない人が大勢いたが、今作でも同じ現象が起きるに違いない。
良城は、強迫性障害で自律神経を崩している状態だと、北村有起哉さん演じる医師から告げられるシーンがあったのだが、そう聞けば彼の行動や言動、脂汗の掻き方にまで想像が及ぶ。
月菜を演じるのは、乃木坂46の現メンバーである久保史緒里さん。文系女子感を全身にまとい、少し虚ろに見える視線が印象的。ここ数年、声を張って生活したことがない感じといったら、おかしな表現かもしれないけれど、そう見えた。それは自覚のあるなしに関わらず、玄関での除菌スプレーみたいに習慣になってしまっている言動なのだろう。
今は仕方ない。誰が悪いわけではない。良くんが悪いわけではない。私は悪くない。
習慣になってしまっている我慢や不満が、澱のように溜まっていて、それを誰にも出せないでいた。友人の早智子から同級生と会う機会に誘われた時の断わり方にもそれが表れていて、見ていてきつくなった。
没入できないほどイケメンが過ぎるけど
そんな月菜の前に一人の青年、イ・ジェホンが現れる。彼は人を心から愛したことがないと言うが、月菜には積極的にアプローチする。スマート過ぎるし、キザ過ぎるし、運命的過ぎてそこだけ少女漫画のようで、没入できずにいた。
演じるのは韓国の人気グループ2PMのメンバー、ファン・チャンソンさん。イケメンがすぎる。
ジェホンはシェフでスマートで、バイク乗りで、いいマンションに住んでいて、感情表現がストレートでやっぱりイケメンがすぎる。
だから没入は出来ずにいたけれど、前に書いたような月菜の日々を考えれば、物語の展開の中で彼女が彼に束の間でも惹かれるのは、むしろリアルなのかもしれないと思えていく。
おとぎ話みたいに見えたのだって、月菜と良城をそもそもつないだのが絵本だったことを考えれば、ゆっくりと咀嚼できていく。
もちろん絵本は、おとぎ話どころかとても意味が深くて、読む人の思考を刺激する書物であることは今さら言うまでもない。
この作品のストーリーにも絵本が重要な役割を果たしている。
ちなみにここまで読んで、映画のタイトルを見て、やっぱりラブストーリーで2人の男性が1人の女性を取り合うお話だと想像する人も少なくないだろう。
でも物語には、良城が通うクリニックで同じ強迫性障害に向き合っている千春(穂志もえかさん)や、良城の祖父の正臣(酒向芳さん)らも出てきて、感情や状況を動かしていく。
そして、彼らが自分に向き合い、自分を愛したり大切にしたり、思いを言葉にしなければならない現実があることをしっかり観客に突きつけてくる。
原作より年齢設定を若くした理由
原作では、月菜と良城は結婚8年目の夫婦。月菜の前に現れる青年の設定も異なる。
内田監督は、上映後のトークショーや記事でも登場人物を原作より若く設定することからこの映画の構想が始まったのだと語っていた。
それは思うように人が人と触れ合えなかったコロナ禍を経て、より強く影響したという。
言いたいことを言えばいい。言葉で伝えなきゃわからない……。いつの世もラブストーリーにはそういうもどかしさが出てくるが、
この登場人物たちを見ていると、言いたいことを言えばいいわけではないし、
言えたら楽かもしれない、いや、そんなことを言ったら相手を傷つけてしまうかもしれない、そういう感情を行き来してこうなっていることが俳優たちの目線から、声色から、声の強弱から伝わってきた。
そういう迷いととまどいが、ますます相手を傷つけたり、追いこんだりしてしまい、結果自分が深手を負うみたいなシーンが多かった。そのリアル感。
物語の終盤、スクリーンに「数年後」の文字が浮かぶ。
ああ、これか……数年後かぁ。自分の中にある、「よくあるドラマや映画の脚本のひな型」みたいなものが一瞬浮かんで萎えてしまった。
でも、この作品のそれは、見れてよかった「数年後」だった。
登場人物たちの暮らしはあれからも続いて、しんどくても、理想通りじゃなくても続いていたんだということが見える数年後だったから。
簡単に言えば、「安易な数年後」を回避していたように見えたから。
もちろん、フィクションなのだから、都合がいい部分はあるけれど。
映画を観た後、止まらなかったのは
映画を観終えて、夫と感想を話した。
クリニックで北村有起哉さん演じる佐倉医師が言った、冷静で厳しくもあるあの言葉が良かった。
良城が月菜と別れた後、千春のところで言うシーンがたまらなかった。
月菜の涙が、片目ずつ流れるのがすばらし過ぎた。
良城がああ言ってしまうのは自律神経を崩しているからなんだよな。
月菜が、良城が、ジェホンが、久保さんが、凌輝が、チャンソンが……。
と、役名と俳優の名とシーンとをいろいろ反復して話した。
エンディングの曲が……とか、
良城の高校生時代を演じた北島岬さんの声が、びっくりするくらい良城だったんだけど!
いうのも出たし。
そうやって話しながら、月菜や良城やジェホンたちの人生がこの先もゆっくり、焦らずに続く世界がいいなと感じている。
改めて思う。この物語は、自分と他人を愛することの価値を信じさせてくれるラブストーリーだ。
