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ほぼ同時の「ガンバレ」

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

近所にしゃぶしゃぶの店が移転してきた。ゴールデンウィーク明けのオープン予定で、
ギリギリまで工事をしていたから「本当にオープンに間に合うのかね?」なんて、
近くを通る度に他人事発言をしていたものだ。

誕生日だから、美味しいものを食べようと提案されたのが、そのしゃぶしゃぶ店だった。
真新しい横長の建物内の、広々とした席に通された。

しゃぶしゃぶを専門店で食べたことは、もしかしらたないかもしれない。
安いお鍋のチェーン店はあるけれどね。
こういうところでは食べつけないので、オーダーから何から緊張しがちないい歳をした
夫婦なのだが、その日は案外平気だった。

理由はこれだ。
店員さんのほうがガチガチだから。
オープン間もない店あるある。ましてや段取りが多そうだ。
着物を着て接客というのも慣れないだろうし、
恐らく、移転前からの店舗で働いていたベテランさんの細かいチェックがある中で、
緊張は結構マックスになりながら頑張っているのだろう。

水ダコのお刺身に舌鼓を打ちつつ、ちょいとビールを飲みながら、
店員さんの一生懸命な説明に耳を傾けた。

タレはポン酢とごまだれの2種。
薬味の器が計5つテーブルに置かれた。

「ニラとにんにくはお好みでごまだれに入れてお召し上がりください」
「薬味と、ポン酢には……」
なんかつっかえたぞ。
うん、うんと小さく頷きながら聞いていたら、
「ニラとにんにくは……」
なんか巻き戻ったぞ。

私と夫がほぼ同時に「ガンバレ」と小さく声を出した。
見ればわかるけれど、頑張ってマニュアル通りに言ってごらんなさい、の「ガンバレ」だ。

「ごまだれにはニラとにんにくをお好みで入れてお召し上がりください。
ポン酢にはネギと紅ショウガをお好みで入れてお召し上がりください。
当店特製の食べるラー油はどちらのタレに入れても美味しくお召し上がりいただけます」

よっしゃー、言い切ったぜ! でホッとした表情の新人店員さんに
「紅ショウガじゃなくて、もみじおろしだよね」
とこれまたほぼ同時に二人でツッコミを入れてみた。
「あっ!」となって、「そうです、もみじおろしです」

その他もろもろ、他のメニューにも紅ショウガは見当たらない。
ひょっとしたら、すきやきの方に紅ショウガがついていたりするのだろうか。
グランドメニューは、しゃぶしゃぶかすき焼きがメインの店だ。

実は言い間違いをしたのを聞いた直後には、いやいや、紅葉おろしと紅ショウガを間違えるのはトリッキーすぎるだろう……と思っていたのだが、
今、こうして書いている途中に、ふと、すきやきならあり得るか、と気づいたわけ。

店員さん、一生懸命、マニュアル覚えたんだね。
鍋の手順はいいろあって、店員さんのやることが多い。
私が学生時代バイトしていたちゃんこ鍋やさんでは、
最初からご自身で入れて食べてもらうスタイルだったから、覚えることなどさほどなかった。
「固めのお野菜を先に入れ、次に出汁の出るお肉や魚介類をお入れください」
ぐらいしか言わなかった。
ちゃんこ鍋のラフさがオープニングスタッフだった私にはぴったりだったなぁと
今さらながらに思い出す。

新入社員が電話に出るのを嫌がる時代。
飲食のアルバイトなんてしたくないという人も増えているかもしれない。
でも、若者が一生懸命覚えている姿はいいな。
いや、若者じゃなくてもいいな。

もちろん、ちょっと奮発してもらったお肉は美味で、
黄瀬戸焼のカップに入れて仕上げてくれるきしめんも美味しかった。

近所だからまた行くね……となるかは怪しい。
まあ、それなりに素敵なお値段だしね。
でも、あの店員さんがちょっとこなれて接客している姿は
そのうち見てみたい気もするなぁ。
「ガンバレ!」