日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッ
セイ、つまりクリッセイ。
お気に入りのラーメン屋に久しぶりに行った。
ビートルズが流れている、寡黙だけどキリリと清潔感のあるご主人が営んでいるラーメン屋。
昨日はその奥さまと仲良しのパートさんらしき人の3人が店にいた。
煮玉子ラーメンを食べていると、奥さまとパートさん2人がキャッキャと会話している声が聞こえた。
「あのおじいちゃん、来るかしら」
「あぁ、昨日のおじいちゃんね、昨日は申し訳なかったものね」
その会話にご主人が誰のこと? みたいな合いの手を入れた。
「ほら、昨日の。食べられなかったじゃない」
「みそチャーシューか何か頼むあのおじいちゃんね」
「ああ、昨日の。悪いことしちゃったなぁ」
「結局どこで食べたのかしらね」
「この辺りないものね、簡単に食べられるところ」
「 」鍵カッコのセリフはおおよそであるとご理解いただきたい。
つまり話の内容はこうだ。
休日は昼夜通しで営業しているそのラーメン店に、前日おじいさんが食べに来店した。
しかし、スープが無くなってしまったのだろう。
閉店となり、そのおじいさんはラーメンを食せず、店を後にした。
せっかく食べに来てくれたのに、しかもそこそこ遅めの時間だったのに申し訳なかったと
店の人も皆思っているのだ。
恐らく常連さんなのだろう。
いや、そこまで常連ではないのか?
でも、とにかく「また明日来ますよ」なんて言って、おじいさんは帰っていったに違いない。
閉店まであと1時間半くらいになったタイミングでそれを思い出し、
今日はあのおじいさんは来るのかしら? と話の主役になったというわけだ。
なんとなくそのやりとりがピースフルで、煮玉子ラーメンを食べながら、
気持ちがほくほくしていた。
食べ進めていたところで店の戸が開いた。
杖をついたおじいさんが入ってきた。
「昨日はスミマセンでした」
「いやぁー、昨日は」
「せっかく来ていただいたのに、昨日は申し訳ありませんでした」
「いやいやいや」
「こちらどうぞ」
カウンター席の一番端に座った笑顔のおじいさんと、店員さんとのそんなやりとりが聞こえた。
今、ちょうど噂をしていたところだ。
あまりにもぴったりのタイミングだったので、部外者の私たちもテンションがあがってしまった。
いつも同じような時間に来るおじいさんなのかもしれない。
決まってみそチャーシューを頼むのだろうか。
こうなると、2日ぶりに食べられるみそチャーシューを口にするおじいさんを見届けたい気持ちになり、
食べ終えたラーメン丼を前に、水を飲みながらしばし、時を稼いだ。
そのおじいさんが注文する声を聞かなかったから、もうメニューはいつも決まっているのだろう。
みそチャーシューなのかを確認したかった。
「お待ちどうさま、豚丼と餃子です」
あれ? あれれ? みそチャーシューではない。
私たちはお店の人の会話を断片的に聞いていただけなので、真実はわからないが、
みそチャーシューという響きだけが聞こえていたので、すっかりそれを見届けてから帰ろうなどと思っていたのだった。
それにしても豚丼や餃子というワードは聞こえなかったよなぁ。
それにプラスラーメンも食べるわけはないし。
それでもなんでも、豚丼と餃子をおいしそうに食べ始めるおじいさんの後ろ姿を見ながら、
私たちは美味しいラーメンを食べた満足感にピースフルな気持ちをプラスして
その店をあとにした。
無くなったのはスープではなく、豚丼の豚? もしや餃子が品切れだったのだろうか。
そんなことは本当はどうでもいい。
その夜のやりとりとおじいさんの笑顔で、好きな店を好きな理由がまた一つ加わった。