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浅草舞台表裏記_其の七_9分間

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

私の母が出演した一世一代の晴れ舞台、浅草公会堂で開催された舞踊の会。
一日付き人として見た舞台の表と裏の話のきまぐれ短期連載をお届け中。

母が名取披露として踊る演目は長唄「蓬莱」。
遊郭を不老不死の桃源郷とされた蓬莱山(中国古代における想像上の神山)にたとえ、遊女を仙女と見立てた歌詞で楽しい時間の中に朝になれば夢から覚める遊女の儚さ、しかしながら演者は格調高い姿で踊る作品です。(公演プログラムより)

な、なんか文章おかしくない?(スミマセン、仕事柄気になる……)

ちなみに、私は蓬莱と聞くと和菓子の宝来屋さんを思い浮かべてしまう。
東京・九段にある創業明治元年の菓子店は、高校生の頃、茶道部のお菓子を調達していたお店。
茶道部が使う茶室は、土足だった校内で唯一靴が脱げる憩いの場だった。

もう、袱紗捌きもあまり覚えていないが、季節の練りきりに心はずませ、買い出しに行くのが楽しかったことはよく覚えている。
ちなみに宝来屋本店さん、今は2階に喫茶室があるそう。
機会があったら行ってみたいな。

おっと、話がまた逸れた。
幕があがり、舞踊「蓬莱」が始まった。
舞台中央には水墨画で山(蓬莱山)が描かれた屏風が置かれている。
静かな始まりだった。
舞台上に母がいない。
前奏がはじまってもなかなか母は出てこない。
なんか、嫌な予感。嘘、なんかあった? 冒頭からいきなりトラブル発生?
ちょっとだけ客席がザワっとした気がした。

……次の瞬間、せりから母がゆっくりと上がってきた。
そうだ、そうだった。せりを使うと聞いていたのに、すっかり記憶の彼方だった。

そこから先は正直言えば、あまり覚えていない。
とにかく9分が長くて、早く終わってくれ、無事に終わってくれと
祈るような気持ち。
もう少し演目を予習しておいた方が良かったのかもしれないが、
この日は付き人だし、仕方がなかった。

「蓬莱」は扇子を使って踊る。
くるくると回したり、ひらひらとなびかせたり、遊女が仙女に見立てて踊るのだから、優雅な舞ということになるのだろうか。
私にとっては恐怖の振付、立ったりしゃがんだりも予想以上に多く、
母がおひきずりを踏みはしないか、すっと立ち上がれるかなど、ハラハラが勝ってしまったのだ。

長い長い9分が終わった。
たくさんの拍手をいただき、母は3年越しの名取披露の舞を無事に終えた。

その後、ロビーには子や孫がぞろりと集まり、わちゃわちゃしながら写真を撮ったりしておめでとうを言われた母。
周囲から見たその光景は、なんとも幸せな図だったろう。
母の踊りのお仲間からも、声をかけてもらい、
師匠からは「とても良かったわよ」と、とりあえずのお言葉をいただいた。

母は踊りは続けるが、こんなに大きな晴れがましい場への出演は恐らくこれが最後になる。
完璧な出来とは言えず、本人としては多少の悔しさも残ったそうだが、
とにかくクリアできたことへの満足感に溢れていた。

翌日、見に来てくれた孫から母宛にLINEでメッセージが届いたという。
次の目標は? と書かれていたそうだ。
終わってホッとして、抜け殻にならないよう、そう聞いてあげてと誰かに言われたみたいだが、それが母には嬉しかったようだ。

踊りのために今年はお休みしていた俳句にしばらくは注力するという。
踊りのお稽古も、体が動くうちは続けるらしい。
そう宣言している母に頼もしさを感じ、私の付き人業もとりあえず幕となった。
(おわり)

浅草舞台表裏記_其の六_定番のこわばり日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。 母が出演した浅草公会堂での踊りの会の舞台表裏記の短期集中連載。第六回は、いよいよ舞台へ……の前の写真撮影の一幕について。...