日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。
山梨で作ったスイスブルートパーズのネックレスが小粒であまりネックレスとして着ける機会がなかったので、これをブレスレットにしようと思い立ったのだ。次の瞬間、マンガみたいに声が出た。「あ……。」
自分の左手をみて、急激に思い出したのだ。左薬指にあるはずのリングのことを。
それはつい前日のことだ。普段、指輪はしていない。指がぷりぷりで指輪が似合わないのだ。
それでも人並に結婚指輪は作った。というか、いただいた。
ので、夫と出かける時にはわざわざ着けていこう……なんてことをよくしていた。
しかし、最近はめっきりそれをしていない。
ここ数年、極端に二人でお出かけする機会が減っているからだ。理由あって。
そんなことを思いながら、「あるのに着けないのももったいないよね。というか、ひょっとして入らなくなったりしてない?」と、ふと指輪を取り出し着けてみたのだった。
コロナや加齢による諸々の増加を踏まえていたものの、指輪は左手薬指に入った。
「うんうん、いいんじゃない、これからは着けてみるか」
そう思って指輪ケースの蓋を閉めた。
時を戻そう。いや、進めよう。
外出する5分前にその前日のことを思い出した私は、いきなり心拍数があがった。
指輪が、ない。
昨日着ていたジャケットのポケットを探す……ない。
昨日履いていたジーパンのポケットを探す……ない。
指輪ケースを開ける……ない。
そこらへんの棚を触りながら探す……な、い。
たぶん血圧もあがった。そしてもう出かけなきゃいけない時間になる。
失くしものがある時はいつも心の中でこの言葉を唱える。
「七度探して人を疑え」
いや、疑うも何もこの件には完全に私しか関与していない。
え、まさかスルッと指から落ちた? そんなにはゆるくなかったじゃない。
家を出て、待ち合わせの地へ向かう道中には、前日の行動をゆっくり思い返していた。
駅までは自転車に乗った。駐輪場に自転車をセットする時にちょっとエイヤッとした。
帰宅して指輪を外した?
手を洗う時に指輪を外した?
いや、もっと早く、着けたすぐ後に一回外さなかったっけ?
そんな思い返しをしても何も確信が得られなかった。
行きの電車では、スマホで結婚指輪のブランドサイトを見て、自分のモデルの値段を確認したりもした。
目的地に着き、美味しいランチをいただき、楽しくおしゃべりをした。
それはそれなのだ。でも指輪のことは頭にもちろん引っ掛かっていた。
ランチ後、お散歩がてらその店から少し坂を上った近くの神社に立ち寄った。
そこで参拝後、おみくじをひく。
普段は神社に参拝しても、おみくじを引くことはほぼないのだが、今日は引くと決めていた。
理由は、「失せもの」が見つかるか、それを知りたかったからだ。
何種類かある中から古事みくじを選択。
現在のものと比べ、一段と厳しい内容となっており、古事にふさわしい信頼できる「おみくじ」とある。(一部抜粋)
なぜあえて厳しいと書かれているものにしたのか、いろいろテンパッていたわけだが、
二百円のところ、小銭がなかったために五百円を納めて箱の中から古事みくじを引いた。
「吉」
ふーっ、良かった。
でも肝心なのはそれではなく、「失せもの」だ。「うせもの、うせもの……」
……ない。
がっかりしつつ、少しホッとした。いや、それで見つかるという希望が湧いたわけでもないのだが、見つからないと言われずに済んだというほうが大きい。
「それで、何を失くしたの?」
ご一緒した大先輩から聞かれ、指輪だと答え、ここまでの経緯を話した。
「あるわよ、見つかるよ」
そう言ってもらい、なんだかその気になれてまたしばし指輪のことは頭の隅に追いやった。
帰りの電車では再びスマホで指輪のブランドサイトを検索し、しっかり値段を確認。
「よくある質問」に、同じようなことをやらかした人からの質問が掲載されていないか確認した。
「Q.結婚指輪を失くしてしまったのですが、片方だけでも作ることはできますか?」
そんなアホな質問はそのブランドサイトには書かれていなかった。
まあそりゃあそうか、縁起が悪いもんな。
ちなみに掲載されていたよくある質問は、
サイズの測り方や、歪んだのを直せるか、サプライズで渡したいのだけど、などだった。
購入するにしても、すぐには無理そうだ。
いや、最近は全く着けていなかったのだから、作り直す必要はある?
どのタイミングで夫に告げようか。
夫の分を私サイズに作り替えてもらって……、いや、なんか話変わってきてる。
そんなあれこれをぐるぐると頭の中で考えながら、自宅に戻るとほぼ意味もないと思いながら駐輪場に行き周辺のアスファルトを目をこらして見てみた。
当たり前だけど、ない。
家に入り、再び昨日着ていたジャケットのポケットを探る。……ない。
と、次の瞬間、昨日の午前中に羽織っていたシャツワンピが無造作に置いてあるのが目に入った。
すぐに手に取り、ポケットを探る。……ない。
もう片方のポケットを探る。……あ、あったー!
手に硬質なものが触れた瞬間の喜び、そして安堵感。
それからしたことと言えば、指輪を超高速でケースに戻したこと。
そして大先輩に見つかったということ、「あるわよ」と言っていただいたことへの御礼のメッセージを送った。
その日の夜。
帰宅した夫にことの顛末を告げた。
話を聞いている最中の夫の表情はたしか終始曇っていた。
そしてめでたしめでたしまで話終えると一言。
「指輪、〇〇〇だけどね」
私が懸命に検索していたサイトは別のブランドだったのだ。
そういえばそうだ、そうだ、そうだ!! いやぁ~、そうだ、そうだ。
「でも似ているデザインがあったよ」
と付け足したのは、単なる恥ずかしさからだったが、とにかく「失せもの」は見つかった。
うん、めでたし、めでたし。