拝啓、ステージの神様。 PR

交わる人生への思い『ミュージカル ケイン&アベル』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

ミュージカル『ケインとアベル』。東急シアターオーブで上演中の本作は、ジェフリー・アーチャーのベストセラー小説を原作に、ミュージカルとして世界初上演。
世界初演って何度聞いても痺れる。
音楽は、フランク・ワイルドホーン。『ジキル&ハイド』や『スカーレット・ピンパーネル』など、日本でも度々上演される人気の作品を手がける作曲家でファンも多い。近年だと、あの『北斗の拳』をミュージカル化した『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳』や、『デスノートTHE MUSICAL』を手がけるなどしている。

主役のケインとアベルを演じるのは、松下洸平さんと松下優也さん。
同じ日にこの世に誕生したケインとアベル、二人の人生を追うこの物語を、同じ苗字を持つお二人が演じるというのもまた、なんというか粋というか、運命的というか、面白い。
ちなみに年齢も3歳違いで近いそうだ。

アメリカ・ボストンで銀行家の家に生まれたケイン(松下洸平)は、幼くして、あのタイタニック号で父を亡くしてしまう。彼は、自身の出自に抗うことなく銀行家の道をひた走る。
その姿は清廉。しかし柔軟性にやや欠けるように見える。母に言い寄る訳ありのヘンリー・オズボーン(今 拓哉)に対しても完全な拒絶を見せ、正しくても敵を作りかねない振る舞いだった。
そんなケインを松下洸平さんが体言していた。映像でよく目にするマシュマロタッチな声や表情とは異なるし、ダンスもパキバキっと踊っていてケインのそれとリンクしていた。
自分の歌声に酔いしれて歌いあげる感じじゃないのも私は好みだった。

ポーランドで生まれたアベルは、孤児となり困難に遭いながらもアメリカに渡る。ウェイターとして働く中で、ホテル王のデイヴィス・リロイ(山口祐一郎)に認められ、ホテルの経営に携わる。ドラマでいえば、アベルの人生の方がメインストーリーになりそうだ。
アベルを演じたのは、松下優也さん。器用な役者さんというイメージ。アクの強い役をこなすことも多いし、歌がうまくて、ファンキーなこぶしが回る感じが好みだ。と、書きながらもしかして器用な……と言われるのは本意ではないのかな、などと想像したりもしてしまう。

ケインの近くにはマシュー(植原卓也)がいて、アベルのそばにはジョージ(上川一哉)がいる。
ケインにはケイト(愛加あゆ)という妻が出来、アベルにはザフィア(知念里奈)という妻が横にいた。
そして、ケインにはやがてリチャード(竹内將人)という息子が出来、アベルにはフロレンティナ(咲妃みゆ)という娘が出来る。

どこまでも並列で、二人の人生は要所要所で交わりながら続いていく。
だから観客は二人を真ん中で観ることができる。どちらかに肩入れして観る人もいるだろうが、私は真ん中で観た。そして、もっと交われ、交わろう。交わそうよ、理解しあおうよ……そんな風に願いながらを彼らの人生を追っていく。
冷静に観れたのは、冒頭からフロレンティナ役の咲妃みゆさんがストーリーテラーとなって彼らの人生のページをめくってくれたからだ。客観的なただのストーリーテラーではなく、個人的感情が乗った、つまりフロレンティナとしての目線を加えたストーリーテラーだった。

しかし、大恐慌や戦争など、歴史は彼らを表面的には交わらせてくれない。
そんなものかもしれないと、途中から少し肩の力が抜けたのは、ここ最近感じている年月の経過とその実感のせいかもしれない。
コロナ禍もあり、私にもしばらくの間会えなかった人たちがいる。
気づけばそれは3~4年のことではなく、10年、いや20年くらい経過していたりするのだ。
互いの人生は続いているけれど、交わっていない時間のほうが長い知人・友人も案外多い。
ケインとアベルが、互いの存在は認知(または憎む)相手だったとしても、距離や時間が彼らを交らわせないことなんて簡単に起こりえる。

物語は、二人の子どもたち、リチャードとフロレンティナが恋に落ち家族となったことでゴールに向かっていく。
ほっとして、涙が出た。二人の対決は三世代の物語となって、新しい時代と生き方につながるんだなとほっとした。そんな感じの涙だった。

奥行のある東急シアターオーブのステージでは、バンドが奥に陣取り演奏を続けていた。華やかだったり、ドラマチックだったりする演奏を背後から受けて歌うキャストが、帆に風をいっぱいに受けて走る船のようで爽快に感じたのは、冒頭で実際に船からアメリカに降り立つアベル達のシーンを観たせいもある。
そしてやはり、相手を理解し赦し合うことこそが大切だと信じているからなのだろう。
カーテンコールで、ケインの松下さんとアベルの松下さんが握手を交わしたところで、客席の拍手はその日一番の音量になった。

公演プログラムは2500円。ケインとアベルのアクリルスタンドをシアターオーブの眺めのいいホワイエで撮影している人もちらほら
拝啓、ステージの神様。
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