拝啓、ステージの神様。 PR

「観よう!」「うん、観よう!」と言っていたあの人達は『インヘリタンス-継承-』

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ステージには神様がいるらしい。 だったら客席からも呼びかけてみたい。編集&ライターの栗原晶子が、観劇の入口と感激の出口をレビューします。
※レビュー内の役者名、敬称略
※ネタバレ含みます

上演時間は前後篇6時間半。ともすればそのことばかりがフィーチャーされたかもしれないが、それは観劇を終えた後には声高に言う必要がないことだと感じた。
『インヘリタンス-継承-』を東京芸術劇場 プレイハウスで観た。
作品は、東京公演、そして大阪公演を終え、北九州公演1公演を残すのみとなっている。

キャストは14名。13名の男性と1名の女性。
舞台は、小説「ハワーズ・エンド」を書いたE.M.フォスターとおぼしき作家、モーガン(篠井英介)と作家をめざす青年たちとのやりとりからスタートした。
狂言回しというのは舞台において、物語を進行する役まわりの人を言い、それは誰か一人であることが多いけれど、この作品に置いては、モーガンを慕い彼を囲む青年たちがまるごと狂言まわしのようだった。

小説が1行ずつ書かれていくように、エリック(福士誠治)、トビー(田中俊介)、ウォルター(篠井英介)、ヘンリー(山路和弘)を中心とした物語、いや、アダムやレオ(新原泰佑)、彼らたちの日常が回想されていく。彼らはゲイコミュニティの中で生きている。
舞台のほとんどには、彼ら男性しか出てこないけれど、彼らが生きる世界には、当然女性もいて、性自認がいろいろな人がいるのだ。
彼らが生きる世界を表すことの本当は、そのいろいろな性の人、いろいろな性格の人がいる中で感じてきた、被ってきたであろうことなのだろう。

一口にゲイとして括れなどしない。無垢な愛情ばかりではないし、思想の違い、勇気や心配の種類、愛することへの濃度もまったく異なる彼らは、物語の中でそれこそバトンをつなぐように台詞をつないでいた。継承。
話すというより伝え繋いでいたといったほうがしっくりくるシーンも多かった。

舞台美術もとてもよかった。私は2階席の2列目から観ていたが、その位置からは絵画を引いてみているような感覚。額縁のようなフレームの中で、彼らは雑談をしたり、思考をぶつけあったり、愛し合ったりする。
紐で出来たフレームは直方体の辺の部分のように見えて、角度によってその画角は異なる。
直線だと思っていたそのラインだが、舞台の上手よりの天から床につながった縦の紐だけは、ビヨンビヨンとたるみが出た。
それを役者が揺さぶったり、引っ張ったりする。
たるみや振動が、彼らを覆う心情や思考の振動に見えた。何度も、何度も。

カーテンも多用されていた。その開け閉めも、視覚的に見せる見せないということ以上に、本音を隠したり、強引に開けたりすることに見えた。何度も、何度も。

私は1日で前篇、後篇を観たのだが、人によっては日を分けて観た方もいる。
どちらかだけを観た人もいるかもしれないし、後篇を観てから前篇を観た人もいたかもしれない。
前篇の3時間が終わって、外に出るためにロビーを歩いていたら
「観よう!」「うん、観よう!」という会話が聞こえた。多分男女の会話だった。
それはとりあえず前篇を観てから、後篇を観るかどうかを決めていた二人なのではないかと、勝手に想像した。
確認は出来ていない。
でもあの「観よう!」「うん、観よう!」という、短いけど互いの同意を取るあの感じが、
『インヘリタンス-継承-』が伝えていることと同じ気がした。

互いを傷つけたり、本音を見せることが出来なかったり、距離を取ったりする彼らは、それぞれの人生を続けていく。
劇中では、史実に基づきAIDSが未知で絶望的に死を導く病であった時代から、薬によって生きることが可能になってからのことも描いた。
アメリカや世界で実際に起きた事件、暴動の名も列挙される。
世代によって、生きて来た時代によって捉え方が違うこと、出来たこと、出来なかったことがあらわになっていった時、
田舎の家に住むマーガレット(麻実れい)が後篇で登場する。
彼女が生きた時代、その時の思考を振り返り、後悔もしたことを次の世代に託していくシーンを観たとき、私にとってこれはゲイにまつわる物語ではなくなった。

あぁ、これはどう繋いでいくかを考え、今の自分を自分で捉え、誰かにも捉えてもらって、そしてどうしていくかを考える物語なのだと感じた。

後篇の3時間半が終了し、劇場を出て改札に向かう。
歩きながらふと思い出したのは、その昔、2009年にシアターコクーンで蜷川幸雄さん演出の『コースト・オブ・ユートピア』を観たこと。
一部から三部まであり、休憩を含むと9時間の大作だった。
内容をどのくらい理解していたかといえば、いろいろ自信がないが、あの時は観きった、完走した!という達成感でなにか力が湧いたことを憶えている。
それを思い出したのだ。

そして、『インヘリタンス-継承-』を観た自分が、とても大人になったんだ、歴史があるんだとやけにズキズキと響いてきた。
私は誰に何を継承できるのだろう。考えると少し不安になって、でもなんとなく納得できる自分もいた。

「観よう!」「うん、観よう!」と言っていたあの人達は、後篇を観たかな。
きっと観たよな。

パンフレットは2000円。表紙が赤バージョンと白バージョンの2種類。チラシやポスターのイメージもあり私は赤を購入
拝啓、ステージの神様。
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