私のアンフォゲ飯 PR

鮭の粕漬けを食べた時、僕は。

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誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。

今回アンフォゲ飯を語っていただいたのは、整理収納アドバイザー資格を発行している特定非営利活動法人 ハウスキーピング協会の理事長 澤一良さんです。
まさかの意外な思い出話から、しみじみと心に響く忘れられない味についてお話いただきました。

-- 澤さんのアンフォゲ飯、忘れられない味を教えてください。
 実はご飯を食べて「むっちゃうまいなぁ」とか、「これは絶対だな!」と思うことがほとんどないんです。感受性の問題なのかなと思うんですけど、感動するという機会が少ないという自覚があります。映画や読書、それこそ観劇経験もありますが、感動や感情に疎いというか……感受性貧乏なんですよね。子どもの頃の経験が響いているのかもしれません。

-- それを自覚されたのはいつ頃ですか?
 高校2年生の頃、初めて女性とお付き合いしました。当時、周りの男友達は派手に遊んでいるタイプも多かったのですが、私は半年間、デートは何回もしましたが、手も握らず……。プラトニックなお付き合いでした。

-- ちょっと待ってください。そこ深掘りさせてください。そもそもどちらから好きになったんですか? イマドキで言うとどちらからコクったのでしょう?
 いや、コクってないですね。修学旅行でフェリーに乗ったときのことです。彼女が甲板に出て一人で海を見ていたんです。そこに私が行ってなにとはなしにおしゃべりを始めました。それは出航して間もなくのことでした。そのフェリーには5~6時間は乗っていたでしょうか。結局降りるまで彼女とずーっと話をしていたんです。それで学校中で有名になってしまい、そのままおつきあいする形になりました。
その彼女からある時、突然手紙が届いたんです。「別れたい」という内容でした。私が彼女のことを好きなのかどうかわからない、意思表示がないというのが理由のようでした。恋愛に慣れていなかったのでよくわかっていなかったんですよね。本当に好きだったんですけどね。

-- 手紙で別れたいと伝えられるなんて、ドラマチックですね……。
 その手紙は結構長い間持っていました。でもスマイルマーク*なので、どこかのタイミングで捨てたと思いますけど(笑)。
*整理収納アドバイザーが学ぶ整理収納理論の中でスマイルマークとは不要なモノをさします
その手紙というのが、便箋に30枚くらいに渡って書かれたものでした。しかもそれが涙でヨレヨレになっていたんです。それを私は何度も読みましたけど、泣くことはなかったんです。彼女の思いに触れて自分も涙の一粒くらい出るだろうと思うじゃないですか、でも泣けなかった。私は感受性が乏しいんだなとその時思いました。

-- 青春時代のアオハル過ぎる思い出ですね。これは本邦初公開のお話なのではないでしょうか。
 
実は同じ時期に、母親を癌で亡くしました。お付き合いしていた彼女も含め当時のクラスの皆が葬儀に来てくれて、皆、泣いていたんです。それなのに当の私は全く泣けなかった。とても悲しいはずなのになぜなぜ泣けないんだろうと、葬儀の間中考えていましたし、真剣に悩んでいました。
理由は後にわかりました。幼い頃に父に「泣いてはならない」と言い聞かせられていたことのある種、トラウマだったのだと思います。とにかく怖い父親でした。

-- 感情を押し込めていた、押し殺していたともいえるかもしれない澤さんは、その後どのような成長を遂げていかれたのでしょう。
 
20代半ばになり、とにかく仕事をしていました。今でいうブラックな働き方が容認されていた時代ですから、文字通り朝も夜もなくという感じでした。月曜から土曜まで働き詰めで日曜日はほとんどの時間を睡眠に費やしていました。若いからいくらでも寝られるんですよ。起きたら4時とか5時なんです、夕方の。自炊などしていなくて、起きてお腹がすいて外に食べにいくんですよね。
当時、東京の荻窪という街で暮らしていたのですが、ある日の日曜日、家から徒歩で7~8分の場所にあった大衆食堂に入りました。おかずを選んでご飯とお味噌汁と小鉢なんかで定食にして食べるようなスタイルで、そういう店に入るのは初めてでした。

-- 澤青年はいったい何のおかずを選んだのでしょうか。
澤 
私が選んだのは鮭の粕漬けでした。焼き色といい、大きさといい、とても美味そうに見えたんですね。それを取って食べ始めたら涙が出たんです。それは、おふくろが亡くなる前に家で焼いて出してくれた鮭の味と全く同じだったんです。信じられないくらい同じ味でした。なんでこんなに涙が出るんだろうというくらいボロボロ、ボロボロ泣きながら食べました。味って覚えているものですね。その後、その食堂へ鮭の粕漬けを何度も食べに行きました。

-- 一度だけでなく、鮭の粕漬けをその食堂で食べる度に、「そう、この味!」と思われたのでしょうか。
澤 そうです。毎回、「そう、この味!」 でした。うまく言えないけれどすごく幸せを感じました。家を出てからその年齢まで10年近く、幸せ感はまるでなかったんです。それが鮭を食べた瞬間にそう感じた。

-- その澤さんを幸せを感じさせてくれた大衆食堂、とても気になります。
澤 
ごく普通の食堂ですよ。テーブルは3つくらいとカウンター。椅子はドーナツみたいに穴のあいた丸椅子とか、緑色の座面と背もたれのある簡単な椅子とかだったんじゃないかな。

-- ちなみに、それ以降、その食堂以外で食べた鮭の粕漬けで同じ味は……。
澤 
ない、出会ってないです。もう二度と巡り合わないんだろうなぁ。おふくろはどこであの粕漬けを買ってたんだろうと今になると思いますよね。自分で漬けていたわけではありませんから。厳密に言うとおふくろの味っていうわけではないですからね、おふくろが焼いて出してくれていた味なわけですから。

-- 大衆食堂のおやじさんやおかみさんとお話された記憶はありますか?
澤 
はっきり憶えてないですけど、おふくろの味の話はしたと思いますよ。当時もうかなり年配の方でしたが、おかみさんに話したら喜んでいたような気がします。
やはりあの時の鮭を食べて感じた幸せ感は忘れることが出来ないですね。

-- まさにアンフォゲッタブルなお話をありがとうございました。五感と記憶は密接な関係にあるという点にも、興味を感じていただきました。魚の粕漬け、焼き加減が意外と難しいですが、美味しいですよね~。食べたくなった方が多いのでは?

イラスト/Miho Nagai

澤 一良(Kazuyoshi Sawa)さん

NPO・一般社団法人ハウスキーピング協会代表理事
2003年NPO法人ハウスキーピング協会設立。2013年プロフェッショナルとしての意識とスキルを育てる場を提供する整理収納アカデミアをスタートさせ、アドバイザーによる新たなプロジェクトやビジネス展開をサポート。資格者の活躍の場は、家庭・企業・教育など多岐にわたり、海外にも波及。日本の整理収納・片づけ業界のパイオニアとしてさらなる発展を目指している。
ハウスキーピング協会