私のアンフォゲ飯 PR

茄子とピーマンの味噌炒め、あの色と味を忘れない

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誰にでも忘れられない味がある。ふとした瞬間に思い出したり、その味と共に記憶がするするとよみがえったり。あなたのunforgettableな味から記憶を整理します。題して私のアンフォゲ飯。

今回アンフォゲ飯を語っていただいたのは、ミュージカルにも数多く出演されている俳優でシンガーの伽藍琳(がらんりん)さんです。
お母様が食卓に出してくれたおかずは、見た目と味にギャップがあったようで……。亡きご両親との味にまつわる思い出をお話いただきました。

-- 伽藍琳さんのアンフォゲ飯、忘れられない味を教えてください。
伽藍 私の母は音楽が好きで、社交的で、家の中に閉じこもっていない人でした。外食が好きで、実は料理はあまり好きでも得意でもなかったんです。私と姉はそれぞれ25歳で家を出たこともあり、例えば「今週は私に料理をまかせて!」なんて母の代わりに台所に立つようなこともありませんでした。今思うと、父と私たち姉妹のためにあまり好きじゃない料理を毎日よく作ってくれていたなぁと思います。
母の料理はうす味で父は濃い味が好み。父は出された料理を一口食べる前に、醤油やソースをかけてしまうことが日常で、「おいしい」と口に出して言うこともしない人だったので、母も作り甲斐がなかったのかもしれません。

-- お母様のお料理の中で一番好きだったものが琳さんのアンフォゲ飯?
伽藍 そうですね、母が作る料理で大好きだったのは「茄子とピーマンの味噌炒め」です。この料理、私も大人になってから作り、今も好んで食べますが、母が作ってくれていたものとは見た目が違うんです。母が作る「茄子とピーマンの味噌炒め」は色がグレーで、パッと見おいしそうな色合いじゃないんですけど、とてもいい味なんです。
晩年、母は認知症を患ったのですが、まだ症状があまり進んでおらず台所にも立っていた頃に、
「あの茄子とピーマンの味噌炒め、美味しかったじゃない。作り方教えてよ!」
とメールで聞いたことがありました。
返信メールは「切って、炒めて、味噌を入れるのよ」みたいな感じで曖昧。分量や細かい味付けについては、結局聞けずじまいでした。

-- レシピ、ちょっと分析したくなりますね。具は茄子とピーマンだけ? 形は?
伽藍 茄子とピーマンだけで、コンニャクも豚肉も入っていません。茄子は乱切り、ピーマンは縦半分、横半分くらいで大き目に切ってありました。

-- くたっとした仕上がりでしたか?
伽藍 くたっとしてましたね。私はたっぷりの油で炒めた後に味付けをして、シャキッと食感を残した味噌炒めに仕上げますけど、母の味噌炒めはくたっとしていましたね。

-- 作る工程に仕上がりの色の違いがありそうですね。味も気になります。
伽藍 
なるほど、もしかしたら母は油通しをしていなかったのかもしれませんね!  味はどちらかというと少し甘めでした。おそらく、ふつうの味噌、お酒、お醤油、みりんか砂糖が入っていたのかなぁ? 茄子の身が少し崩れて種がプチプチ出ていたりした記憶がありますね。
私が今作る味噌炒めは母が作ってくれたものより甘くなくて、さっぱりした味付けです。
とにかく母の味噌炒めはくたっとしてグレーだったという印象が強いです。

-- 茄子にしっかり火を通して、水分多めに炒め煮みたいにされたのでしょうか……。
伽藍 
水とか出汁もいれていたのかなぁ? 作ったあと、冷蔵庫で保存していたりもしたから、よりねっとりして味が染み込んでいたような。でもそれがなんとも美味しかったんですよね。

-- 味噌炒めは大皿でバーンっと食卓に出される感じですか?
伽藍 
わが家は一人ずつ小鉢で盛り付けて食卓に出していました。たしか母の嫁入り道具として持たされたらしい青白磁の高台がついた和食器でした。

-- お母様は外食がお好きだったそうですが、お母様との思い出もぜひ教えてください。伽藍 母は西洋のものをとても好みました。オペラ歌手を目指していて、29歳で夢をあきらめて結婚した後は、ママさんコーラスや宗教音楽研究会の流れを汲む宗研合唱団でベルディやモーツァルトを歌っていました。母と一緒のステージで歌うということはありませんでしたが、私が20代でファミリーミュージカルなどに出演していた頃、公演を観に来ては声の出し方や歌い方にアドバイスというか、ダメ出しをしてくれていました。ある時を境に褒めてくれるようになり、嬉しかったけれど、少し寂しかったのも覚えています。

-- ある時ということは、何かを境におっしゃらなくなったのですか?
伽藍 私が30代になり、あるステージで『ウエストサイドストーリー』でトニーが歌う「♪Something's Coming」を歌ったのを聞いた母が、最後の♪maybe tonight……の部分の歌い方を褒めてくれました。
「最後の歌い方、ああいう風に音をデクレッシェンドして歌い切る人はいないわよ」って。
いや、実際はたくさんいるんですけどね(笑)。母が私の歌を初めて褒めてくれたのがその時で、以来、出演作品の好き嫌いは言いましたが、歌については言わなくなりました。どうしてだったのかなぁ?
「夏は夏らしい格好をしなさい、もう11月なんだからそんな格好(薄着)で外に出ていかないで!」のように、着るものなど見た目に関しても美意識が高く、よく注意されていました。でもやっぱりある時から褒めてくれることが多くなったんです。誰かに「褒めなきゃだめよ」とか言われたりしたのかしら?
母から送られてきた舞台の感想メールは今でも私の宝物です。

-- お母様のお料理をなかなか「美味しい」とはおっしゃらなかったというお父様の好物は何でしたか?
伽藍 母が作った筑前煮です。私も大好きでした。うす味でしたけど、よく味がしみていてとても美味しかった。父は釣り好きで、そば好き。若い頃は自分が釣ってきた魚を捌いたり、真っ黒なつゆの濃い味のそばを作ったりはしていました。後片付けをしないと母がよく小言を言っては喧嘩していましたね。
でも、父は母が亡くなる前の1年半、母のために慣れない台所に立ち、食事の用意を頑張ってくれました。父は典型的な昭和の父親で、娘の前では母に感謝や愛情を素直に表現することがあまりなかったけれど、母の介護をしてくれていた時期と、母が亡くなった後の父の姿を見ていて、父の母への愛情の深さが痛いほど伝わってきたんです。
愛情表現の仕方は本当に千差万別ですね。二人はお互いに無くてはならない存在として心から愛し合っていたんだなと、今、父と母が最後に暮らした家の整理に向き合いながら、二人の絆をことあるごとに感じています。

-- 今はお2人できっと彩り豊かなお料理を楽しんでいらっしゃいますね。くたっと味のしみた茄子とピーマンの味噌炒め、ほかほかの新米で食べたくなりました。貴重なお話をありがとうございました。

イラスト/Miho Nagai

伽藍 琳(Lin Garan)さん

俳優、シンガー/構成・演出・ステージング
ミュージカルシアターコーチ
舞台芸術学院、慶應義塾大学文学部フランス文学専攻 卒業。社会派小劇団やドラスティックダンス”O”で活躍後、2015年、尚美学園大学 芸術情報学部 舞台表現学科の新設に伴い、准教授に就任。学科立ち上げに尽力し、完成年度までの4年間、ミュージカルコースの構成・演出・振付、シアターダンス実技授業を担う。『ザ・ミュージック・マン』『スクルージ』『ガイズ&ドールズ』等、現在はミュージカル作品への出演を軸に、ストレートプレイ、朗読劇、音楽コンサートなど、表現活動領域はボーダーレス。
公式ホームページ

◆伽藍琳さんご出演予定作◆

ミュージカル『元彼鎮魂歌(モトカレレクイエム)』
2024年1月19日(金)~1月25日(木)
中目黒キンケロ・シアター

★伽藍琳さんご出演回
1月19日(金)14:00
20日(土)13:00
22日(月)14:00
23日(火)18:30