三階席から歌舞伎・愛 PR

二役、化け物、父の愛。歌舞伎の枠を超える_スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」

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歌舞伎をほぼ毎月楽しんでいる50代男性。毎月観るために、座席はいつも三階席。
印象に残った場面や役者さんについて書いています。

今月はスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を新橋演舞場で観ました。
私が観る日は市川團子さん主演の予定でしたが、体調不良により交互出演されている中村隼人さんに変更になりました。
「ヤマトタケル」は、やはり澤瀉屋ゆかりの演目なので、正直なところ残念、團子さん主演で観たかったです。

今年は、延べ五カ月にわたり「ヤマトタケル」が東京、名古屋、大阪、福岡と各地で上演されます。
来月以降は團子さん単独主演が多くなっています。できればどこかで観劇したいと思っています。

「ヤマトタケル」といえば、三代猿之助四十八撰の作品。
昨年亡くなられた二世市川猿翁さんが脚本・演出を担当され、スーパー歌舞伎を世に知らしめた作品です。
初演は1986年2月。当然ながら私が将来、歌舞伎にハマることになるなどとは微塵も思わない頃のことです。
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」は第一幕から第三幕までの三部構成。

第一幕は、中村隼人さんの二役、中村米吉さんの二役の演じ分けがまずの見どころでした。隼人さん演じる双子の兄弟は大碓命(おおうすのみこと)小碓命(おうすのみこと)、米吉さん演じる橘姉妹は、兄橘姫(えたちばなひめ)と弟橘姫(おとたちばなひめ)です。兄弟姉妹の年齢や性格の違いは言葉遣いを変えて演じ分け、早変わりも見どころです。

二人が舞台裏に引っ込むと 同じ衣装を着た役者が背中を向けて出てきて、その間に着替えて出てくるという歌舞伎おなじみの演出。とっても良かったです。
音楽も現代劇っぽく、普段の鳴り物、お囃子だけでなく、シンセサイザー等も使用しています。
兄を手にかけてしまった弟の小碓命(おうすのみこと)は大和の国から熊襲(くまそ)の国へ征伐に行かされるのですが、この場面ではミュージカルのように、舞台上の演者全員で歌う場面から始まったり、衣装が歌舞伎の枠を超えています。熊襲の国には市川猿弥さん演じる兄のタケルと、中村錦之助さん演じる弟のタケルがいますが、その兄弟のグリーンやブルーの鮮やかな衣裳は古典歌舞伎の枠を超え、鮮やかな色彩で心躍ります。
小碓命(おうすのみこと)が熊襲の兄弟を倒したことで、以後、ヤマトタケルと名乗ることになり一幕が終わります。

第二幕は、熊襲退治を終えて、ヤマトタケルが大和に帰ってくるところからスタート。しかしすぐに今度は、東の蝦夷(えぞ)退治を命じられます。
途中、相模で敵に襲われ、火攻め見舞われるシーンでは、炎が燃え盛るのを旗を振り回して表現する演出が迫力があってよかったです。

蝦夷へ向かうヤマトタケルには、彼を慕い追ってきた弟橘姫がいました。しかし、タケルを罠にはめたヤイレポの「祟ってやる」「ヤマトには帰れない」といった捨て台詞がその後のストーリーを示唆していて、一向は走水(はしりみず)の海上で嵐に襲われます。
弟橘姫が祟を治めるため、タケルを守るために、占い師の予言に従い海に身を投げるのです。
この際、米吉さん演じる橘姫が今までの可愛らしい姫から一変。いけにえとなり海の皇后になると決めた際の激しい感情、セリフの言い回しを激しく変化させた米吉さんの演技にハッと息を飲みました。
この相模で死んだ弟橘姫を思ってその後、関東を吾妻と呼んだとか。
海が荒れている様子の表現方法も、舞台一面、船の周りを布で囲い、下に入ったスタッフが上下に動くことで波が荒れているのを表現していました。役者さん以外のスタッフの方の健闘も素晴らしいです。

第三部は、今まで熊襲退治や蝦夷退治という、死んでしまいかねないつらい使命をタケルに与えた帝がタケルの活躍を称賛したと聞いたのも束の間、大和に近い伊吹山の山神たちの退治を命令します。
山神の化身・姥神(うばがみ)との闘い は、お得意の!? 化け物退治になります。
市川門之助さんの姥神がなかなかで、 笑い声が低くおどろおどろしくワハハと言ったり高い声で笑ったりを交互で聞かせる様子が化け物らしくて良かったです。(なせが歌舞伎の中の化け物系は嫌いじゃないんです)

市川猿弥さん演じる山神が白い猪に化けて出てくる場面では、被り物で二人で四足の動物を演じ、猿弥さんと入れ替わりながら場面が進行していきます。隼人さんと猿弥さんの立ち回り、現代劇並みの素早さで、特に猿弥さんは長槍の使い方が巧みでした。
しかしヤマトタケルは、山神との闘いでの傷が原因で、大和に帰る前に死んでしまいます。

御陵が志貴の里に作られ、そのタケルの墓から一羽の白鳥が飛び立ちます。白鳥はタケルの魂なのでしょう。
有名な白の衣装で、宙乗りをしながら「天翔ける心」の名セリフで幕を閉じます。

この作品は、父である帝の愛を疑いながら、帝の愛を欲するヤマトタケルが、それを直接確認できないまま死を迎える悲しいお話であると思います。
この作品が、発表された時点では、二代目猿翁さんと実の息子である現・市川中車さんの関係は途絶えていました。そんなことも感じてしまった「ヤマトタケル」でした。

初めに、当初の予定だった團子さんでも出来れば観たいと書きましたが、やっぱり二代目猿翁の孫である市川團子さんと中村米吉さんとの「ヤマトタケル」を観たくなりました。
その後、休演から復帰もされたそうですので、来月のチケットを確保しました。

CHECK!

こちらは歌舞伎座で上演中!
舞台写真付きの詳しい歌舞伎レポートは、エンタメターミナルの記事「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部 公演レポート、舞台写真掲載 」をご覧ください。

文・片岡巳左衛門
47歳ではじめて歌舞伎を観て、役者の生の声と華やかな衣装、舞踊の足拍子の音に魅せられる。
以来、たくさんの演目に触れたいとほぼ毎月、三階席からの歌舞伎鑑賞を続けている。
特に心躍るのは、仁左衛門丈の悪役と田中傳左衛門さんの鼓の音色。