理由あって週イチ義母宅に通っていた。
これは、時空を自由に行き来する義母とその家族の、ちょっとしたホントの話だ。
私は勘はいいほうである。
いつものように義母宅に着くなり、駅で購入した昼のお弁当と即席味噌汁を準備していると、見慣れぬ緑色の紙箱が目に入った。
瞬間、これは! と想像し、義母に背中越しに尋ねる。
「最近変わったことなかった?誰か来たとか、誰かが何か持ってきたとか。」
答えはノーで、それは=記憶にないという意味になる。
昼食後、その箱を開けると、綺麗な花椀最中の詰め合わせだった。
私がお中元やお歳暮のカタログを見るにつけ、「こういうの贈ってくれる人いないかしら」と口にしている類の品だ。
ちなみにお中元・お歳暮はこちらもほとんど贈ることがないので、そもそも届くわけはない。
これは義兄が手土産として持参したものに違いない。
その年のお盆、義兄は実家(義母宅)を訪ねて来なかった。コロナ禍でもあるし、ワクチン接種が完了してからにしようと考えていたのかもしれない。
そういう事前の情報交換は一切ないが、なにせ私は勘がいい。
服薬管理のために毎朝来てくれるヘルパーさんからのノートメモを見ると、どうやら水曜日の早い時間に義兄が訪ねて来たのであろうことがわかる。
というのも、午後、ヘルパーさんが来た時には「息子が歯医者の学校から脱走しちゃったよ(泣)」と、混乱していたらしい。
息子、歯医者というワードが出たということは、お義兄さんが来たことが影響しているのだろう。そう判断したのだ。
息子、歯医者というワードが出たということは、お義兄さんが来たことが影響しているのだろう。そう判断したのだ。
もちろん義兄はもう大人で、学校は卒業しているし、現在も多くの人の歯をよくする仕事に従事している。
さて、もう一度緑色の箱をよく見ると、3コマスペースが空いていた。
「ん?こ、これは!」
冷蔵庫を確認したら、梅の形をした白い最中 のかじりかけが一つよそよそしく置かれていた。
ああ、そうだよね、これ、甘いお菓子に見えるよね……。
「待って! あと2コマのスペースはどうした? まさか2つは完食したの?」
「お椀に入れて湯を注ぐとお吸い物になったり、お茶漬けになったりするやつだよ。味、濃くなかった?」
……そんな質問は、しない。
だって120%「そんなもの私は食べてない」と答えるから。
「かじりかけの白い梅の花は、夕飯のお椀として出してあげるからね!」と心の中でウインクして、作り置きおかずの調理に集中した。
集中すればするほど、夫と義兄のコミュニケーションの悪さに腹が立つ。
食材を切りながら、何度6秒数えただろう。
そうしてまたしばらくした時、もう一つの箱が見つかった。
そうだ、高級海老せんの時も、一つは義母に、一つは私たち夫婦に……と、義兄は2箱持参していたのだもの。
もう一つの箱を空けてみた。
カラだった。タヌキのたからばこだ。
ああ、そうだよね、これ甘いお菓子に見えるよね……。
チューリップの形の最中は、お湯を注ぐとポタージュになるらしいけど、甘いあまーいお菓子に見えるよね。
「ねえ、でもこれ全部食べたの?」
「どこかにしまいこんだりしてない?」
そんな質問はやっぱりしない。
お義兄さん、これから実家に来るときは、コンビニのどら焼きでいいから、義母と一緒にその場で食べられるものを手土産にしてください。
そして、お中元のカタログに載ってそうな美味しそうなものが詰まっている箱は、遠慮なくわが家に直送してください。
どうか、どうか……。
夕飯時、お椀にお湯を注ぎふやけた白梅の最中をすすりながら、「美味しい」と義母。
フリーズドライも受け付ける体であることがわかった胃丈夫の義母が89歳になる年の9月の出来事だった。
実は後日、この最中に関する真実が発覚することになる。
謎めいたその真実についてはまたの機会に。