とりなし隊長のメモパッド PR

どちらの耳を傾ける?

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言い方ひとつで、考え方ひとつで物事は結構うまくいく。これはとりなし隊長がちゃちゃっとメモしたような気楽な記録と提案です。

〈今回のとりなし対象は父〉

5月、実父の卒寿と、2人の姪の高校・大学入学祝いを兼ねたランチが催された。
長兄の仕切りで、新宿の中華。わが家からは私と夫で参加した。
ところがだ。前日になってなんと、父が胃の具合が悪く、臥せっているという連絡がきた。
よく食べ、よく酒も飲む父だが、近年は食べる量はさほどではなく、でもなんでも食べるし、自分で作るし、食生活で困っている話は全くない。

明日様子を見て、よくならないようだったら父は不参加ということになった。せっかくの祝いの席ではあるが、メインが食事なのだから仕方ない。
そして当日。吐き気などは治まり、お粥は食べられたそうだが、やはり食事会は欠席ということになり、主役の一人を抜いたメンバーで集まり、食事会が開かれた。
お上品な量だったので、父の分もそのまま出してもらい、姪たちとシェアして、最後はメッセージ入りのフルーツプレートも出された。

食事の後、父に「お祝いの品代わりに帽子を選んであげて!」というリクエストが入り、姪(父にとっては孫)たちに選んでもらうことに。
「ニューエラがちょうどあるからそこがいいんじゃない?」
なんともスマートに決まり、父にはこれからの季節、散歩やダーツに出かける際にぴったりの白のニューエラキャップが孫セレクトによってプレゼントされた。

さて、その父といえば、大切な食事会をパスするほどの体調不良だったため、翌日には近くの内科に行き、後日、胃カメラの検査を受けることになったと報告が届いた。
その検査日、母がどうしても用事があるため、私に検査同行のミッションが与えられた。
ちょうど義母の面会日が午後からあったので、その日はがっつりサポートの日になった。

父はもうずいぶん前から耳が遠い。
補聴器には手が伸びず、家では集音スピーカーを使ってテレビを見ている。
付き添いながら父に聞いた。「どっちの耳が聞こえづらいの?」
思えばそれを長年確認していなかった。左が聞こえづらいそうで、以後、私は父の右側を陣取る。実家で父と母がしょっちゅう「聞いてない」「聞こえない」と言い合いしているが、
座り位置からして、聞こえづらいほうの側が母の定位置だったことがわかった。
ほんの少しの互いの配慮だけで、もっと暮らしやすくなるだろうに……。

さて、エコー検査。父の腹にプローブが当てられ、お医者さんが細かに様子を口にしてくれる。お医者さんの声はとても省エネタイプで、父にはほぼ聞こえていないようだった。
中に入らせてもらった私が、通訳のようにして父に伝える。
聞きなれない言葉も多いので、途中から私はスマートフォンのメモ帳を出し、先生が言ったことをメモしていく。
「ガスが溜まっていますね」「あぁ、いつものことです」
「ちょっとモヤッとしている部分がありますね」などなど。

しばらくすると、今度は胃カメラに父が呼ばれる。私はキリッとした感じの検査技師さんに
「すみません、父は耳が遠いのでよろしくお願いします」と伝えた。
小さな医院なので、そこからしばらくの間、待合室には技師さんが大きな声で父に指示する声が響いた。

少しすると私も呼ばれ、今度は父の胃カメラ検査の様子に立ち会った。
相変わらず先生の声は省エネタイプだ。
でも丁寧に、細かく、時折私が「は?」などと聞き返しても親切に父の腹の中の様子を教えてくれた。

その後、今後のことを伝えられた。サラサラサラとカルテに書き込む先生。
そして小さな声で念のためCT検査を受けるかどうかを確認する。
今日明日どうこうという大きな病ではなさそう。でも気になる箇所はあったから、念のためCTとかMRI検査を受けて見てもらうのもいいだろう。その場合は、この場で検査できる病院へ予約を入れますとのことだった。
「90歳という年齢を考えれば、わざわざ検査しなくても……というところですが、栗原さんは年齢の割には丈夫でしっかりしているので、検査には耐えられると思いますよ。どうしますか?」

選択していいらしい。父は、「せっかくなんでやります」と言った。
「せっかくだから」は私の好きな言葉だけど、この場合の使い方はいかがなものか。
でも、まあCT検査自体は10年以上前に受けたきりだから、機会があるなら受けておこうという父の気持ちにとくに異論はない。
その場で地元の大きな病院に検査予約をとってもらった。
スケジュールは私の都合も考慮して決定した。

検査の内容と今後についての報告を、母と兄たちにテキストにまとめて送った。
899文字。我ながら丁寧な仕事をしたと思う。

後日、母に聞いてみた。
「お父さん、どっちの耳が聞こえづらいか知ってる?」
母は知らないと答えたので、「左が聞こえづらいんだって。だからなるべく右側から声かけないと。覚えておいてね」
父も父でそういえばいいのに……とは思うのだが。

数日が経ち、CT検査にもお付き合いした。
受付で指示を受ける際、やはりさほど大きな声では話してはくれないので、私は右側に立ち、通訳みたいなお役目をする。
父は聞きとれなかったことを伝えるために「え?」と耳に手をあてて、係の人に顔を少し近づける。
左耳に手をあてていた。

いやいや、お父さん、左の方が聞こえづらいんでしょ。右耳に手をあてて「え?」ってやらなきゃじゃない!
苦笑いする父。
案外そういうことってあるのかもしれない。

母へは、右側から話すこと、父へは聞き返す時は右耳を出すことをとりなした。
父は食欲も戻り、調子も悪くなさそうだ。年齢も年齢だから油断は禁物だけれど。
最終的な検査結果を聞きに行く日は、母が同行することになっている。
行く前に、もう一度だけ立ち位置と、傾ける耳についてメッセージしようと思う。