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静謐なカツレツ

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日常の中から、エンタメを整理収納目線、暮らしをエンタメ目線でつづります。栗原のエッセイ、つまりクリッセイ。

にぎわう三が日の浅草。
歌舞伎見物の前に老舗洋食屋に行こうと考えた。
昨年、両親と共に浅草を訪れた時は、歌舞伎の帰りに寄ろうとしたが、40分待ちの文字を見て諦めたのだった。

今年、リベンジとばかりに店に向かうと店先のホワイトボードには120分待ちと書かれていた。まあ、私たちが考えることなど、ベタ中のベタ、この洋食屋はもう観光名所と言っても過言ではないわけで、考えが甘かったのだ。

そこがダメなら……みたいなプランを特に考えていなかったが、
ちょうどお昼時ということもあり、どの店も飲食店は混みあっていた。
あまりうろうろと歩き回っても難しそうだ。なにせ三が日なのだから。

ふと目に入ったのは、浅草ロックスの通りの並びにある「洋食カツレツ リスボン」。
そういえば年末に浅草に出かけた時に、「ここにも洋食屋さんがあるんだね」なんてたまたま目に入っていたこじんまりとしたお店だった。
カツレツやビーフシチュー、カツカレーの文字が見える。
店前に並んでいるのは1~2組、中で待っている人が1~2組に見えた。
この店に決めて、待つことにした。

店の外も中も華美な装飾はなく、席数は20数席。
待合のネームボードはなく、皆、静かに待っている。
前のお客さんが出てきたら、中に入り、空いた待合席に腰をかける。
当たり前のことが当たり前に静かに繰り返されていて、そこは正月のにぎわう浅草とは
趣を異にしていた。

中に入ってしばらくすると、店員さんが「メニューがお決まりでしたら」と聞きに来てくれた。
私たちは基本に忠実に、カツレツを注文した。

オープンキッチンで厨房の様子が見える。
シェフが一人でフライパンを振っている。
厨房にはシェフのほかに二人。おかみさん(先代の奥さまだろうか)が、皿にライスや野菜を盛り付ける係、皿を洗う男性もいる。
ホールには女性が二人。皆、家族や親戚のように見えた。
無駄な会話は全くなく、淡々とそれぞれの持ち場でそれぞれの作業をしていた。

シェフは水を飲むこともなく、ひたすらに料理を作っている。
カツレツを揚げ、オムライスを作り、カツレツをカットしてカレーに盛り付け……。
でも厨房独特の殺気立ったような雰囲気はまったくなく、淡々とという言葉がとにかく当てはまる光景だった。

お腹もそれなりにすいていたが、待つ時間が苦にならなかったのは、
その店の雰囲気、客の雰囲気から「これはきっと期待を裏切られることはない、美味しい料理が食べられるに違いない」と思えたからだ。

途中、4名席に座っていた二人連れが、お店の方に声をかけられて、2名席に移った。
それもごくごく当たり前に行われて、店と客のチームプレーのような気持ち良さが充満した。

そしていよいよカツレツがテーブルに運ばれてきた。
箸で食べるザ・洋食。
添えられているキャベツにかけるドレッシングなどない。
キャベツは甘みがあり、パセリも瑞々しく味が濃かった。

そしてカツレツである。
薄い衣と香りのいいヒレ肉は、口に運ぶ度に私を上品な気持ちにさせてくれた。
店がまえとシェフや店員さんの仕事ぶり、私たち以外の客、それらが完全にマッチしている気分で、これをまとめるなら、つまり「おいしくて静謐なカツレツ!」だった。

私たちが店を出た頃には、列が長くなっていたが、店内にいる間はそんなことは全く気にならなかったのも嬉しかった。

次はカツカレーがいいな、いや、マカロニグラタンもビーフシチューも気になる。
次の予定は特に決まっていないのに、そんなことばかり考えながら、店をあとにした。

後で知ったことだが、この店は昭和7年創業で、作家の池波正太郎も愛した老舗だそうだ。昭和7年、翌日会いに行く義母と同じ年のお店だった。

チャップスイ(野菜スープ)は薄い皿で出てくるなんとも懐かしい味